2020年2月11日火曜日

生まれて初めて作曲家として仕事をしました。映画『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』

『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』と言うドキュメンタリー映画に曲を提供させて頂きました。

映画『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』公式サイト

映画『花のあとさき ムツばあさんが歩いた道』
2020年5月より銀座シネスイッチで上映

作曲家として僕の他に巨勢典子さん、大曽根浩範さんが曲を書いていらっしゃり、それぞれのテイストが映画をより立体的で奥行きのあるものにしています。

実はこの映画、元々18年間シリーズとして放送されて来たNHKのドキュメンタリー番組だそうです。
だそうです、って実は僕はテレビを見ない暮らしを10年以上続けています。
テレビは持っていますが埃が積もっています。
ドラマやバラエティやスポーツ中継は見ませんし、ニュース番組も見ません。
母に「ニュースぐらい見ないと世の中のこと分からなくなるよ!」と言われたことがあります。
一番最近スイッチを入れたのは、東日本大震災の時。
被害状況を見て、それ以来テレビとは無関係の生活をしているのです。

こんな有様ですので、このドキュメンタリーのことは知りませんでした。
(あ、NHKの受信料はちゃんと払っています。)

さてこの映画、どんな内容か?
それは元になった番組を見てもいなかった僕がここに書くのは大変僭越です。
しかしそれでは読者の皆さんに何も伝わりませんので、ネタバレしない程度に少しだけ書かせて頂きます。

秩父の山奥に限界集落とも呼ぶべき村がありました。
どこから行くにも大変な場所。
ここに住んでいるのは80歳をとうに過ぎたようなお爺さん、お婆さんばかり。
息子や娘たちはとっくに山を降り都会で暮らしています。
山には仕事がないからです。

残った老人たちは急斜面に畑を作り、こんにゃく芋やネギなどを栽培し、また山の手入れなどをして暮らしています。
手入れというよりも山を守る、と言った方が良いかも知れません。
畑の土は痩せて硬く、とても農業に向いていません。
しかしお年寄りたちは先祖代々受け継がれたこの土地も村も棄てることなく生活しています。
まるでそこが自分たちに与えられた恵みであるかのように大切にしているのです。

そこにムツばあさんというお婆さんが住んでいます。
このお婆さん、実にチャーミングなのです。
笑顔が素敵だし、声も溌剌としている。
そして働き者。
ちょっと腰が曲がってるかなぁ…と思いきや、屋根の上に登って野菜を干したり、背中に担いだ大きなカゴに沢山の落ち葉を積んで山を登っていく。
試写会に行って大きなスクリーンで見た時、どれほど山の斜面が急か分かりました。
若者だってあんなカゴを背負って歩いたら斜面を転げ落ちるかも知れません。

ムツばあさんは山に咲く花を心から可愛がっていました。
僕にも花を愛でる心がやっと最近生まれて来ましたが、春の山に咲く花には殊の外生命の歓びを感じるのです。
春が来ると花のおかげで空気にまで彩りが加わる様です。

初めてこのドキュメンタリー番組がテレビで放映された後、視聴者から多くの反響があったそうです。
中には人生に希望を失っていたけれど、この番組をみて生きる勇気が湧いたという声もあったそうです。
回を重ねるごとに次第に番組のファンが増え、視聴者がムツばあさんや山に心惹かれて、わざわざ秩父の奥の方まで訪ねてくるようになりました。
そうするとムツばあさんは彼らと気軽に言葉を交わし、花を見せてあげるのです。
今回公開される映画にも、ムツばあさんの花を見に訪れるファンの方々が登場します。

ネタバレしない様に書くとこのくらいになってしまいますが、大体内容の概略や背景や雰囲気はご想像頂けたのではないかと思います。

今回、作曲のお話を頂いた時、まだ完成前のナレーションも音楽も入っていない(当たり前)DVDを見せて頂きました。
山、花、自然。
正直に申し上げると、『困った!』と思いました。
何故かというと自分の“専門分野”ではないと思ったからです。
(じゃあお前の分野は何だ?と聞かれても困るのですが。)

しかし自分の記憶の中に、仮にそれが実体験ではなく本や映画で知ったものだとしても、何か繋がる糸があるのでは?とそれを探しました。
見つかったのは『残された空』でした。

『残された空』って、喜多直毅クアルテットや黒田京子さん(pf)とのデュオで頻繁に演奏している僕のオリジナル曲です。
でもあの曲がどうのこうのではなく、言葉のイメージとしての『残された空』です。
“空”を外して“残された”だけでも十分かも知れません。

先祖や父母から残された畑や山。
やはり先祖達から残された祭りや慣し。
残されて次第に朽ちていく暮らしの痕跡。
残された子供や孫達。
その子供や孫達に残された時間と場所。
そして残されたものを滅ぶに任せざるを得ない悲しみと無念さ。

特に、朽ちていく暮らしの痕跡には特別なものを感じました。
(このシーンは皆さんにとっても大変印象的に写るのではないかと思います。)
朽ちていくのはとても自然なこと。
命あるものにやがて死が訪れる様に、秋になれば草花が枯れる様に、それは当たり前の摂理。
生も死も営みの中に。

それにしても朽ちていくものが私たちに告げているのは何だろう。

この映画にはある問いかけがあり、それはご覧になると感じて頂けるのではないかと思います。
“メッセージ”とか“声”と言い換えても良いかも知れません。
その問いかけと残されたもの達の接点に流れる音楽を作れたら良いなと思いました。

その問いかけの意味自体は厳しいものかも知れないけど、厳しい顔を差し向けて詰問調で押し迫ってくるのではない。
声高にイデオロギーを叫ぶのでもない。

むしろ、ムツばあさんがわざわざ山を訪れてくれた視聴者や番組スタッフに『良く来たね!』『今年は花が綺麗に咲いたよ』と言っている時のあの笑顔。
また湧き水をコップに汲んで『美味しい水だから飲んでみなさい』と言うあの声と言葉。
それらの奥底にこそ問いかけは隠されている様な気がします。
だから音楽も厳格な喜多クアルテットの音楽ではなく、ムツばあさんの暮らす穏やかな風景を思い描ける様な曲調にしました。
ただ問いかけもメッセージも声も無くなったわけではないのです。

今回は作曲家の3人が別な楽器を使って音楽作りをしています。
僕は作曲のほか、もちろんヴァイオリンを弾いています。
そしてギターの加藤崇之さんに協力をお願いしました。
やはり自然の風景には加藤さんの美しいギターの音色がぴったりだと思ったからです。
(実は加藤さんはテレビで既にこのドキュメンタリーを見ていたそうで『良い番組だったよ』と言っていました。)

映画の特設サイトはこれから内容を更新していくものと思われます。
東京では5月に銀座シネスイッチで上映開始。
その後、全国で公開が予定されています。
先日試写会に行って来ましたが(シネスイッチではない)、やっぱりデカいスピーカーで自分の演奏を聴けると最高!
このヴァイオリンだれ?作曲はだれ?って思いました、マジで。
どうぞ一人でも多くの方が映画館にいらしてこの作品をご覧いただけます様に!

余談ですが、僕には東京のお父さん・お母さんみたいな人がいます。
ずっと僕を見守ってくれている有難い二人なのですが、映画の作曲の仕事をしたよと言ったら凄く喜んでくれました。
お母さんの方は涙ぐんでいました。
何か大袈裟だなぁと思いましたが、やっぱり“NHKの…”って言うと違うみたいです。
演奏ではNHKの仕事は何度もやっているのですが…。
今回の映画はNHKではなくてNHKエンタープライズだよ!って言っておきました。
とにかくお母さんの方は映画館でも泣くと思います。
もちろん実の両親も喜んでくれるはずです。
普段僕が何をやっているかあまり知らせないのですが、今回は伝えました。

これまで色々な曲を自分が演奏するために作って来ました。
しかし作曲家として依頼を受けて曲作りをしたのはこれが生まれて初めてです。
これからもそう言う機会を頂けると嬉しいです。
今回の仕事がとても励みになりました。

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