2020年1月29日水曜日

ヴァイオリンの演奏技術と練習について

ここ一、二年、いやそれよりもっと前からヴァイオリンの演奏技術を何とかしたいと思っています。
もちろん改善すると言う意味です。

昔は無意識に出来ていたこと、簡単だったことに躓きを感じたり、うまくいかなくなっていることに気付いて愕然とすることがあります。
かつて得意だった曲が不得意科目になっているのだから情けない。
『昔はあんなに弾けた』と言ってもそれは過去の栄光にしがみついているのであって、今は出来ていないのだから仕方がありません。

実は最近、ヴァイオリンスタンドを買いました。
ヴァイオリンと弓を立てておけるやつ。
弱音器や松脂も載せられます。

僕の仕事の80%はデスクワークなのですが、仕事机の横にこのスタンドを置きました。
載せてあるのは安い練習用のヴァイオリンです。
弓も安いやつ。
二つとも安物なのでケースに入れないまま真夏でもそこに置いてあります、本当は楽器には良くないんだけど。

このような状態でヴァイオリンを置きっぱなしにしておくと、デスクワークの合間にちょっとだけ弾いたりできるのです。
手を伸ばせばそこに楽器があるから便利。
いちいちケースから取り出す手間もない。
壁に立てかけたギターのように気軽に弾けます。

良く使う練習曲集のPDFをネットからダウンロードしておいて、モニターに表示させておく。
こうするとちょっと弾いてデスクワークに戻れる。
でも書き込みしにくいのが難点(不可能ではない)。あああ、iPad Pro欲しいぜ!

そんなにガッツリとは弾きません。
例えばセビシックの指練習を一小節だけとかカール・フレッシュの一つの調の分散和音だけとかゴラのヴィブラートの練習の一つだけとか、とにかく短いのをちょこちょこさらう。
仕事の合間にコーヒーを飲んだりタバコを吸うような感じです。

こんな練習は本当は良くないのかな。
ちゃんとメインの楽器で譜面台の前に立って練習するべきかも知れません。
コンチェルトとか難しめの小品とか何時間も。

でもそんな練習の後に夜のライヴに行くと、大抵昼間の練習で疲れ果てていて良い演奏ができないのです。
デスクワークに戻ったとしても既に練習で集中力を使い果たし使い物にならない。
そのままベッドに直行して全てを怠けてしまう。
これじゃあダメだ。

これから先、長く故障せずに弾き続けるにはこう言うスローな練習の方が良いんだろうな。



さて、先日、どうしても解決できないテクニックの難題があって、SNSを通して知り合ったヴァイオリニストに見てもらいました。
オンラインレッスンです。
「本当は直接会ってレッスン出来ると良いんですけどね〜」とおっしゃいましたが、良いアドバイスを頂けて感謝!
もちろんヴァイオリンの演奏には細やかな筋肉の動きが必要で、実際に先生に腕や手を触って力みや脱力具合を見てもらう必要があるのです。
しかしその方は東京以外にお住まいなので、こう言うレッスンとなりました。

なぜこの方に相談したかと言うと、まずネットに上げてらっしゃる演奏動画の左手のフォームが綺麗だと思ったからです。
結構近くから指や手の動きが見える動画です。
ヴィブラートの手指の動きが柔軟で淀みなく、あーこれは素晴らしいと思いました。
もちろん右手のボウイングもしっかりとした基礎が感じられるし、ポップスの演奏では前々回の記事に書いたようにアタック感もある。
ついこの前はラロのスペイン交響曲の動画もアップされていて、「かっけ〜!」と思いました。
クラシックもしっかり弾けてゲストコンマスの仕事もたくさんなさっているし、演奏の指導もしていらっしゃいます。
僕は教える仕事は殆どしたことがないので何のメソッドもないのですが、普段から指導をしている方ならちゃんと基礎技術の体系がある人だなと思ったのです。

さて、その方がレッスンの終わりに『で、喜多さんはこれが出来るようになって何をしたいんですか?』と聞いてきたのです、真剣な眼差しで。
正直ドキッとして狼狽えました。

それを説明できる言葉をまだ持っていなかったのです。
その技術を習得できるようになれば、表現が豊かになる。
声の色彩が広がる、言葉のボキャブラリーが増える、絵具が増える。
それによって自分の中のファンタジー・思い・内なる音楽をより正確に描くことが出来る。
(内なる音楽って、まだ演奏される前に自分の中に鳴っている音楽のことです。)
そしてその音楽は聴く人を異界へ誘い、魂を揺るがして一瞬を永遠にする。
そんな風には考えていたのです、ぼんやりと。

正確さ。
それは自分の中に響いている音をしっかりと演奏の上で表現すること。
小説家の高樹のぶ子さんが中学生を相手に語った話を舞台袖で聞いていて、とても心に残ったのが『言葉を正確に用いること』のお話。

例えば『悲しい』って言葉があるでしょ?
だけど『お小遣いを減らされて悲しい』と『テストで悪い点をとって悲しい』と『友達に喧嘩して悲しい』と『お母さんが死んじゃって悲しい』の“悲しい”は全部違う。
ただ安易に“悲しい”で済ませちゃうんじゃなくて、その気持ちをもっと正確に表す言葉を探さなきゃならない、日本語はこんなに豊かな言葉なんだから…ってお話だったと記憶しています。
それが文学の始まりなのだそうです。

これ、音楽にも当てはまりますよね?
内なる音にまず耳を澄ます。
けれど出そうとしている音・出した音が本当にそれで良いのか?
内なる音に正確かどうか?

同じスラーでもスタッカートでもテヌートでも、コンテキストによって本当は様々なニュアンスがある。
そのピアニシモは、本当にそのピアニシモで良いのか?
そのクレッシェンドは内なる音に正確か?

この正確さのために必要なのが演奏技術だと思います。
そして素早く身体が反応出来るようにするためにも動作が身体に染みついてなければならない。

今はこのように文章にしていますが、その時は上手く答えられませんでした。
不意を突かれたように投げかけられた問いでしたが、『不意』の時に言葉って出ない。
気持ちや思考って普段から頭の中で良く反芻して、蒸留しておかないといかんと気付かされました。
僕はごくたまーにラジオに出たりインタビューを受けたりしますが、ちゃんと正確に思っていることを伝えられずいつも悔しい思いをしています。
これも同じ理由。
演奏にも言葉にも、やっぱり大事だな、正確さって。

さて、実はこの方は僕より歳下なのです。
確かに先生が歳下だと教わることに抵抗がないわけでもないです。
女性だと余り抵抗もありません。
他の習い事の先生は年下の女性で、とても楽しくレッスンを受けていました‥。

ところが男同士だとちょっと二の足を踏む。
その方は歳下の男性なのです。
だから向こうも年長の僕に教えるのは抵抗がおありだったのではないかと思います。
仕事をしている音楽分野は全く違うので大丈夫かなと思ったのですが、とにかくお引き受け下さったので良かったです。

思うに30代になるともう歳は余り関係なくて、大事なのは何を経験してきたかじゃないかと思います。
その方がヴァイオリニストとして経験を通して体得してきたものは僕にはないし、その逆も勿論ありうる。

ヴァイオリニストの全員がヴァイオリン音楽や技術を100%知っているわけではない。
知っていても多くて30%~40%、いやもっと少ないかも知れない。
しかしAさんが知っている30%とBさんが知っている30%はそれぞれ違う。
Aさんが知らない部分をBさんがカバーしているかも知れませんよね。
皆んな何かを知っていて何かを知らない。

だから歳をとってヴァイオリンが弾けなくなる前に、或いは少しでも長く弾いていられるためにも、自分が知らないことは知っている人or知っていそうな人に聞いておこうと思います。
僕も誰かに教えてくれと頼まれたら、教えられるようにしておきたいと思います。


ヴァイオリン弾きのヘルツォヴィッチ / エヴァ・デマルチク

詩:オシップ・マンデリシュターム
曲:アンジェイ・ザリツキ
編詩:エヴァ・デマルチク



その昔 ヘルツォヴィッチという
ヴァイオリン弾きがいた
楽譜もなしに暗譜で奏で
シューベルトを弾きこなす
まるでダイヤモンド 奇跡のきらめき。

くる日もくる日も 朝から晩まで
トランプのように習い覚えた
永遠のソナタ一曲
いつまでもいつくしんだという 宝物のように。

どうした、ヘルツォヴィッチさん
窓の外には闇と雪…
いいかげんになさい ヘルツォヴィッチ!
人生なんてそんなもの 違うかね?

マロースが軋み唸っているうちに
ジプシーのアコーディオン弾きが
シューベルトを追いかけて
橇の跡をつけるがいいさ。

愛しい音楽があれば
突然の死も怖くはない
あとは…鴉の毛皮外套みたいに
ハンガーにぶらさがるのさ

だいぶ前から ヘルツォヴィッチさん
雪が何もかも転がしちまった。
いいかげんになさい ヘルツォヴィッチ!
人生なんてそんなもの 違うかね?

その昔 ヘルツォヴィッチという
ヴァイオリン弾きがいた
楽譜もなしに暗譜で奏で
シューベルトを弾きこなす
まるでダイヤモンド 奇跡のきらめき。

2020年1月28日火曜日

今週木曜日(1/30)はシンガーソングライターライヴ with 加藤崇之さん


この前『青空』と言う歌を作り、自分で歌ったものをYouTubeやSNSに載せてみました。
多くの方にご覧頂けて嬉しいっす!

この歌は自殺した人が天国で思っている事・見ているもの等を歌詞に散りばめています。
メロディが最初にあって、後から歌詞を付けました。
案外サッと出来ちゃった曲です。

身近な友達も聴いてくれて感想を言ってくれました。
「案外自殺したい人って多いのかもね。」
その友人が自殺したがっていると言うわけではありません。
しかし普通に生活していて、そこそこ楽しそうに見えて、特に大きな悩みも無さそう…。
そんな人がふっと自殺してしまう、なんてことがあるのかも知れません。

またつい先日別な友達と食事に行き、この歌の話になりました。
実は僕自身、この歌が好きでたまに無性に聴きたくなります。
そしてYouTubeとかSoundCloudにアップしたものを聴いてしまいます。
そうするとマンションの屋上にフラフラッと登って、何か薬でも飲むみたいに飛び降りてしまいたくなるのです。
生に対する執着を忘れる。
そして天国が隣の駅にあるみたいに、簡単に行けそうな場所に思えて来る。

その友達もやはり頭の中にこの歌が流れることがあって、フラフラと向こうの国へ行ってしまいそうになるそうです。
慌てて頭からこの歌を振り払うそうです。
変な霊に取り憑かれて作っただろと言われてしまいました。
良く分かりません。

でも僕は後からこの歌の別な意味を知りました。
何度も聴きかえすうちに感じたことです。

世の中には色々な環境で生きている人がいますよね。

大きな重荷、例えば病気や借金などを背負っている人がいる。
取り返しの付かない失敗をしてしまった人がいる。
誰かに裏切られたり、深く傷つけられた人がいる。
頑張っても頑張っても一度つまづいたら二度と挽回できない…、そんな状況にあって力を落としている人がいる。

でも、重くのしかかるものに潰される前に、一度空から自分を見てみようぜ、悩みを見てみようぜ。
そしたら何か違う景色が広がるかも知れない。
違う見方が生まれるかも知れない。
見方や考え方が変われば、生き方も変わるかも知れない。
もっと肩の力を抜いてみないかい?

自分が『私はこうでなきゃならない』と言うこだわりや『こうじゃなきゃ生きてる資格・価値がない』なんて条件は、一度歌の中の鞄やネクタイと同じように駅のゴミ箱に捨ててみる。
『〇〇な僕・私は不幸』って考えも。
そうするとものの感じ方や考え方が変わり、とらわれみたいなものもなくなり、心が晴れるかも知れません。
現実は何も変わらなくても、少しは元気が出たり楽になったりするんじゃないでしょうか。

こんなことをこの歌から教えられました。
自分で作った歌なのに作り手の僕が教えられるなんて本当に不思議です。
自殺の歌、とも取れるけど、でもそれだけじゃなかったのです。

さて今週木曜日の夜、西荻窪でシンガーソングライターライヴを行います。
ギターは加藤崇之さん。
超贅沢!

これまでに作った歌を自分の声で歌います。
もちろん『青空』も歌います。
どうぞお越しください!

喜多直毅シンガーソングライターライヴwith加藤崇之(gt.)
喜多直毅シンガーソングライターライヴwith加藤崇之(gt.)

2020年1月30日(木)with 加藤崇之(ギター)
内容:喜多直毅オリジナルソング
日時:2020年1月30日(木)18:30開場/19:30開演
会場:音や金時(西荻窪)
   東京都杉並区西荻北2-2-14喜志コーポB1
   03-5382-2020
料金:¥2,500+オーダー

予約:必要ありません。そのままお越し下さい。 

2020年1月27日月曜日

喜多直毅『兄と妹』・アルバム“Viohazard"とヴァイオリンポップスについて。

中国の動画サイトに違法アップロードされている僕のオリジナル曲『兄と妹』です。
非古典系提琴选辑 喜多直毅 02 - 兄と妹
(CMが終わったら曲が始まります。)
ギターは伊藤芳輝さん、アコーディオンは佐藤芳明さん、パーカッションはクリストファー・ハーディさんという贅沢なメンバー。

この曲はViohazardというアルバムに収録されています。
VIOHAZARD / 喜多直毅(AIRPLANE LABEL STORE)

VIOHAZARD / 喜多直毅
APX1003 / AIRPLANE LABEL STORE
¥2,640円(税240円)

実は最近このアルバムに対して僕の中で何かの“高まり”を感じています…。
自分で自分のアルバムを再評価するって変ですが、しかしこれまで作ってきた作品の中でも一際異色のこのアルバムが何だか気になっているのです。
今聴くと、一曲一曲、結構しっかりアレンジされていて面白い。
『若者、頑張ってるじゃん!』って思います。
録音したのは2006年ですからもう14年前。
うわっ33歳の時だ!
タンゴから少しずつジャズとか他のジャンルに手を出し始めた頃です。

近頃取り組んでいる音楽(喜多直毅クアルテット、タンゴトリオ、黒田京子さんとのデュオ、即興演奏)とはお客さんの層が違うかなと思って、暫くライヴ会場での販売はしていませんでした。
でもこれからは会場に持って行くようにします。

さてこの動画、今までにSNSで何回もシェアしています。
何故かというとヤギを触ってる画像が使われているのが面白いから。
他のヴァイオリニストのは皆んなカッコ良いアーティスト写真なのに、僕のだけ子ども動物園でヤギを触ってるただのスナップなのです。
面白れー。

ヤギとの触れ合い ~1~
スロバキア・トレンチンにて
とても人懐っこいヤギで「もっと撫でろ」と頭突きしてくるのでした。

ヤギとの触れ合い ~2~
近所のこども動物園にて
愚鈍な感じのヤギ。まるで無反応。カメラを見てくれなかった。

このように追加でヤギとの写真を載せておくと、また中国の違法サイトが使ってくれるかも知れません。

ところで「今頃気づいたの?」と言われそうですが、この曲ってヴァイオリンポップスなのでは?
曲調が、です。
今でこそ、こういう曲は弾いていないし作っていないのですが、葉加瀬太郎さんとかが弾いててもおかしくないような感じがする(別に真似して作ったわけではありません)。
そうか、自分はポップスの人だったんだ!と知ってビックリです。
Jポップはたまに聴いているのですが、ヴァイオリンによる完全インストのポップスって殆ど聴かずに来ました。

それはともかくポップスのヴァイオリンには専門的な弾き方が存在するようです。
僕の印象からすると、レコーディングでクリックにちゃんとタイミング良く合わせて弾く為に、音の出だしの発音に少しアクセントがつけてある。
アタックが強め。
今のレコーディングでは曲の中でコンピュータの打ち込みと生の弦セクションが共存しており、発音のタイミングも音程もデジタルな感じ。
そうでないと打ち込みと合わない。
もちろん音程も正しくないと使い物になりません。

実は僕は自分の発音がそれほど好きではなく、何だかフワッとしていて嫌だなと思うことがあります。
それはボウイングによるものなのですが、もう少しスクエアで鋭角的な感じが欲しい。
自分のは曲線的に聴こえる。
例えば今回リンクしてご紹介した『兄と妹』の頃はまだスクエアに弾けていた方。
今はもうこんな風には弾けないかも知れません。

最近楽譜作成ソフトを使えるようになったので、『兄と妹』の楽譜を作ってPDF化し無料ダウンロードできるようにしようかな。
誰かもっとスクエアに弾いてくれないだろうか…。
僕はもう殆ど弾かなくなりました。
前述の伊藤芳輝さん(gt.)とのライヴくらい。
でも一年に一回あるかないかです。

Jポップのサポートやレコーディングを良くやっているヴァイオリンの友達が言ってたんだけど、こう言った音楽のストリングスチームに入るにはアタック強め&スクエアな弾き方とノリを覚えないといけないんだそうです。
打ち込みとガッチリ合わせられるように。
最近のアップテンポの曲のストリングスを聴くと、急発進・急ブレーキ・急カーブを自在に行いますよね。
しかも足並みが揃っている。
こういうのが出来ないとダメなのです、きっと。

僕には出来ないかも。
前に先輩から誘われてストリングスチームの録音に行ったんですが、出来ないことばかりで冷や汗でした。
それからしばらく後、有名な某弦楽器奏者からやはりストリングスの仕事に誘われて、でも出来なさそうでお断り申し上げました…。

でもたまにはこう言うのもやってみたら面白いのかも知れません。
今の自分の弾き方と全く違う。
ノリも違う。
ボウイングが違うんだろうなぁ。

そしてアドリブの感じも違う。
僕はすぐにコードから逸脱したり、ノイズに持って行きたくなる。
そういう性分なのでしょう。
では普通にコードの中でアドリブをするにはどうしたら良いんでしょうね。
それはそれで僕には案外難しい気もします。

こういうポップスのヴァイオリン、様々なサウンドの引き出しの一つとして持っていても良いかも。
でもどこで披露するのだろうか!?
情熱大陸とかめちゃめちゃ下手だったりして。

あ、『兄と妹』に似た傾向の曲で『新宿』っていう曲もあるのです。
レコーディングもしていないし、ライヴでも殆ど弾いていません。
雰囲気は刑事ドラマっぽい。
ヘリが飛んだり、首都高を走る車のテールランプ、都会の人間模様が見えたりする。
レコーディングしたらガッツリ音圧上げたい曲です。

この曲はポジションの移動が多くて難しいので封印しました。
でもPDFで楽譜を配布したら上手な人が弾いてくれるかな。
アタック強め、発音が明瞭、スクエアな感じ、音程が正確って、俺にないものばっかりじゃん!
情熱大陸から練習しよう。

2020年1月21日火曜日

今週末1/24,25は喜多直毅クアルテット!!!

生まれて初めて、というわけではないのですが、何十年ぶりにパソコンで音楽を作ってみました。
Sibeliusというソフトです。


パソコンの五線紙に一個一個音符を打ち込んでいく作業はなかなか根気が要りました。
それに分からないことだらけで、Facebookで訊いたりサポートに問い合わせたりしました(教えてくれた皆んなありがとー!)。
手で書けば一瞬で出来ちゃうようなこともどうやったら良いか分からなくて、ネットや本で調べたり。

しかし反面楽しくもあって、自分はパソコンで音楽を作る作業をすることがそんなに嫌いではないのではないか?と思いました。

僕の周りの演奏家は10人に7人がfinaleやSibeliusを使って作曲しています。
作曲家はもはや手書きで書いている人はいません。
20年以上も前から徐々に楽譜作成ソフトで作曲をする人達が身近に増え出しました。
「今頃使い始めたの!?」と言われそうですが、確かに僕は遅い方かも。
最近ある演奏家に僕の手書きの楽譜を渡したら、「パソコンで作った楽譜はありませんか?」と言われました。

さてこのソフトを使って感じたこと、多々ありました。
良い面も悪い面もある。
悪い面は自分のせい、または自分が気をつけなければならないこと。

パソコンで曲を作る際に感じたメリット:
1. 複雑な楽節を自由自在に編集出来る(調を変える、担当する楽器を変える、等)
2. 曲の構成を自由に変えられる
2. その複雑な楽節を曲の他の位置にコピペ出来る
3. 作った部分をそれぞれの楽器の音色で再生して確認できる
4. 一つの旋律のリズムや音高を即座に反転させ、新しい旋律として使える
5. 楽譜の見た目が綺麗で視認性が高い

手書きで作っていた頃は、曲の前半や中盤に複雑な箇所を作って、後半にも移調して再現させたい場合など大変でした。
音符が多かったりすると書く作業だけで心が折れそうになる。
頑張って書き終えても気に入らなくなると、またゼロからやり直し。
曲の他の場所に差し込んでみたら?と思っても、やっぱり手書きしなければならず、それだけで嫌になってしまう。
結局、移調は諦めて、再現させたい部分をコピーしてハサミで切ってノリで貼る、とかしていたのです。
構成の編集が本当に大変。
作曲からのストレスは半端ないものがありました。

それと僕の作る手書き譜面は本当に見にくくて、弾いてくれる人に迷惑をかけていたと思います。
間違いも多いし、上の段の8va bassが下の段の8vaに見えたりする。
曲の最後の4小節のために1ページだけ増えていたりする。

パソコンのおかげでこうしたことがかなり減りました。

しかし良い面ばかりではなく、ダメな面も…。
1. 簡単なメロディをササッと書けない(多分慣れていないから?)
2. コピペに頼り過ぎてミニマルミュージックっぽくなり過ぎる
3. ライヴなどで生身の人間が弾く為に作っている曲なのに、ついパソコンで再生した時の出来栄えを目標にしてしまう
4. 再生音に耳が慣らされて、実際に弾いた時のサウンド(倍音や良い意味での“ずれ”がある)を忘れがちになる
5. 隙間があると仕事をした感じがしない
6. 隙間にこそ生の演奏が込められるものがあり、それを忘れてしまう
7. フルスコアから生成したパート譜を読みやすくレイアウトし直さなければならない

こんな感じです。

便利な部分も多々あるのですが、気をつけていないと失ってしまいそうなものも多いと思いました。
例えば昔の大作曲家は音楽作成ソフトなしで素晴らしい作品を書いていたわけです、当たり前ですが。
書く前から全部のパートが頭の中に鳴っていた、構成も明確にあった、理論知識も豊富だった…等々、ちょっと頭が尋常ではない人しか作曲家として仕事が出来なかった。
それと霊性みたいなものも現代人以上にあったのではないか…と思います。

こういう部分を忘れずにいないと…って思いました。

先日リハーサルで実際に演奏してみました。
最初、何回か繰り返して演奏していくうちに段々音楽になってきた。
これこそ演奏者の力!と思いました。
自分の作った曲ですが、演奏するとやっぱり率先して壊しにかかる。
他の三人も曲に慣れて、もっとぶっ壊しにかかってくれるでしょう!
曲にミサイルを撃ち込む、火をつける、泥靴で踏みつける…。
これが出来るのが喜多直毅クアルテットです。
結局手で書こうがパソコンで書こうが同じなのでした。
全く別だと困るのです。

ただ作曲する上での様々なストレスから解放されたのは確か。
Sibelius様々です!


今週末はこの喜多直毅クアルテットのライヴが渋谷・公園通りクラシックスで行われます。
1日目の24日は喜多カルにしては珍しい平日夜の公演。
これまで土日の公演がほとんででしたが、案外平日夜しか来られない方が多いと分かりました。
そんな方も是非お越しください!

喜多直毅クアルテット二日連続公演~沈黙と咆哮の音楽ドラマ~
January 2020


喜多直毅クアルテット:喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン)三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス)
2020年1月24日・25日@公園通りクラシックス
喜多直毅クアルテット
Violin&Music:喜多直毅/Bandoneon:北村聡/Piano:三枝伸太郎/Contrabass:田辺和弘

喜多は音楽を、様々な思いが封じ込められた人間の「胸郭」になぞらえる。挫きの記憶、とぐろを巻くやるせなさといった、いわば負のエネルギーが詰まった鳥籠のごとき胸郭。だがこの負のエネルギーほどその人間の個性を端的にあらわすものはない—喜多の表現の要である。

文章:伏谷佳代(『JazsTokyo』No.257より抜粋)

【喜多直毅クアルテット】
2011年、ヴァイオリニスト喜多直毅によって結成された四重奏団。演奏される楽曲は全て喜多のオリジナル作品であり、その出自とも言うべきアルゼンチンタンゴからフリージャズ、即興演奏、現代音楽まで、様々な要素を呑み込んで再構築された、比類なき音楽である。ロシア音楽を彷彿とさせる濃厚な旋律と共に、日本の伝統音楽に通ずる“間”の感覚を併せ持った彼らの音楽は、その深い精神性を高く評価されている。
4人のメンバーはそれぞれの楽器における国内屈指のタンゴ奏者と目されつつ、卓越した実力により、ジャンルを超えてシーンの最先端で活躍している。この4人においてこそ実現する超絶なる表現が、聴衆の気魂を揺さぶり“ドゥエンデ(Duende)”を呼び醒ます。

出演:喜多直毅クアルテット
   喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)
   北村聡(バンドネオン)
   三枝伸太郎(ピアノ)
   田辺和弘(コントラバス)
内容:喜多直毅オリジナル作品

日時:2020年1月24日(金)19:00開場 19:30開演
   2020年1月25日(土)14:30開場 15:00開演
会場:公園通りクラシックス(渋谷)
   〒150-0042東京都渋谷区宇田川町19-5
   東京山手教会B1F
   03-6310-8871
   ※JR・東京メトロ・東急線・京王井の頭線渋谷駅下車徒歩8分

◉入場料:どちらか1日分のご予約¥4,000
    2日連続予約¥7,000(1月24日のご来場時に¥4,000、翌1月25日に¥3,000を申し受けます)
    当日(両日とも)¥4,500
 
●2日連続予約は1月23日までにお願い致します
●1月24日に翌日1月25日のご予約を頂いた場合は¥4,000を申し受けます。
・メールでのお申し込み:violin@nkita.net(喜多)
 メールタイトルは「喜多クアルテット1月予約」、メール本文に「代表者氏名、人数、連絡先電話番号、ご覧になりたい日付」を必ずご記入の上、お申し込みください。
・電話でのお申し込み  Tel:03-6310-8871(公園通りクラシックス)
●小学生以下のお子様はご入場頂けない場合がございます。

喜多直毅クアルテット:喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン)三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス)
俺の曲を壊してくれるナイスガイ達!!!
(2020年1月20日@松本弦楽器)

2020年1月2日木曜日

新年あけましておめでとうございます。

岩手のお雑煮

皆様、新年あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になり有難うございました。
今年一年もどうぞ宜しくお願いいたします。

さて年末に突然高熱が出て、アラブ古典音楽のライヴを急遽欠席せざるを得なくなってしまいました。
身体が痛くて怠くて、欠席する旨をSNSに書くだけで必死でした。

熱で身体が余りにもキツいので夜中に近所の総合病院へ行きました。

この病院の救急スタッフは若い人ばかりなのです。
ベテランみたいな人がいない。
何だか全員大学生みたいなの。
で、ほぼ全員、患者に対する態度が横柄で雑なのですよ。
受付スタッフも皆んな若い。
窓口は空いているんだけどいつも人がいなくて、奥の方でバタバタしていたり談笑しているのです。
『会計まで三時間待たされてるけどどうなってるんだ!』と怒鳴っている患者さんもいました。

前に来た時にも同じ印象を持ちました。
整形外科の先生が触診もしなくて、『レントゲン撮りたきゃ撮りますけど』みたいな感じなのです。
話す時、患者の顔も見ない。

今回が一番不愉快でした。
車輪の付いた小机を滑らして僕の検査に来た若いスタッフ(看護師?)は、その小机にもたれかかるようにして進んで来たのです。
子供がスーパーのカートを押して遊んでるみたいに。

診察してくれた医師はやっぱり若い人でした。
多分20代そこそこなんだけど、本当に投げやりな感じなのです。
出来ることなら診察したくない、でも仕方がなくやっている、そんな態度。
よくコンビニの店員でめちゃめちゃやる気なくて不貞腐れた態度の人いるでしょ?
やりたくないならやめろよ、誰も止めないから、と思ってしまうような人。
その医者もそんな感じだったのです。

病院が常時人手不足だから皆んな疲弊してこんな風になっちゃってるのかな。
ベテランのスタッフが指導したり注意したりしないのかな。
自分が病気したことないから患者の気持ちなんて分からないのだろうか。

とにかく酷い目に遭いました。
今年も色々な計画を立てていますが、体力づくりを真剣に考えないとヤバそうです。
去年喜多カルのツアーが終わった後、めっきり老け込んでしまいました。
年金をもらえるまでは頑張りたいです。

おっちょこちょいヴァイオリニスト

喜多直毅 Naoki Kita
おっちょこちょいヴァイオリニスト。

ミス、物忘れ、遅刻、朝寝坊。
昨年はこんなことばかりでした。
その度に人に迷惑をかけたり怒られたりしていました。
この歳になって情けない…。

実は子供の頃から忘れ物が多かったのです。
教科書やノート、提出物、靴とか体操着。
その代わり余計なものをランドセルに入れて学校に持って行きました。
おもちゃとか。

音楽が好きな子供だったので、楽譜は特別なバインダーに挟んで持ち歩いていました。
そのバインダーの端に穴を開けて、パンダのマスコットをぶら下げたり、表紙に変なイラストを描いていました。
それを見て皆んな笑っていました。
僕には何がおかしいのかさっぱり分からず、しかし笑われた事でそれなりに落ち込みました。

アマチュアオケに参加した時(小学生の頃)、セカンドヴァイオリンでベルリオーズの幻想交響曲を弾きました。
その楽譜にベルリオーズの言葉をびっしり書いて練習に持って行きました。
オーケストラの弦セクションは二人で一つの楽譜を見るのですが、隣の人(大人)が笑っていました。
ちなみに隣の人は練習の日によって変わります。

高校生の頃は卒業試験をすっかり忘れて家で寝ていました。
忘れて…と言うのは、卒業試験の存在すら思い出さなかったのです。
卒業試験の事はホームルームで何度も言われていたに違いないのに。

親の職場に担任が電話をかけて、やっとその日が試験の日だったと知りました。
起きたらもう夕方で、とっくに試験は終わっていました。
結局、先生が追試の許可をくれて無事卒業出来ました。

片付けは割と出来る方なのです。
散らかった部屋が嫌だし、全てが整然と並んでいないと気持ち悪いのです。
でも仕事部屋はメチャメチャだし、まず引き出しの整理が出来ません。
それは頭の中の引き出しも同様で、特に複数の物事を同時進行させるのが本当に苦手です。
たまにこの仕事(フリーランスの演奏家)が向いていないのではないかと真剣に悩みます。

大事なことを忘れないようにGTDのソフト(Todoリストとかリマインダーの高機能なやつ)を買ったりしましたが、GTDの概念そのものが理解出来ませんでした。
どうやら理解出来ないことがあると頭がフリーズするのです。
完全に戸を閉ざす。

備忘録とかリマインダーに何でそんな高いソフトを買うんだ!メモ帳に手書きで良いだろ!と言われますよね、きっと。
でも自分が一度『パソコンでやる!』と決めたら、そう簡単に変えられないのです。
自分のルールを変えようとするととても気持ち悪くなる。

忘れないようにアプリとかにメモしておいたりカレンダーに入力する。
それは出来ているつもり。
しかし出来ていないことがあって、あとで大騒ぎになってしまいます。

翌日は早く起きなきゃならないからちゃんと目覚ましをかけておこうと思って床に入るのですが、何と!目覚ましをかけずに寝ていたりする。
朝遅刻に気付いて飛び起き、目覚ましが鳴っていなかったことに気づくのです。

それとお金の管理も難しく、これは〇〇に払うお金、これは〇〇からもらったお金…と分けておくことが出来ません。
金に汚いと思われたくないし守銭奴と思われるのも心外ですが、お金の出入を考えるということが出来ない。
なのであればあるほど使ってしまう。

自分の考えも行動も変えたくないので、人にあれこれ言われると不機嫌になり最悪ブチ切れます。
音楽家だからポリシーみたいなものも確かにあるにはある。
しかしそれ以上に何か一つの考えに固執していることが多いかも知れません。
良い意味での頑固とかこだわりともちょっと違い、血流が滞っているようなものかも知れません。

こんな感じで今まで生きて来ました。
昨年はこの症状がとても酷かったのです。
でももっと酷い人を沢山知っています。
前はその人たちのことをちょっと馬鹿にしていたのですが、今は馬鹿に出来なくなりました。
自分はその人たちと“変”の方向が違うだけかも知れません。

とにかくもっと気を付けていかないと、本当に身の破滅を呼ぶ。

今日ネットで大人の発達障害について調べたら、結構当てはまる項目があって驚きました。
今度診てもらおうと思います。
それで何でもなかったら僕は単なるおっちょこちょいだ。