2020年9月24日木曜日

10/18(日)午後 HERITAGE ~playing 齋藤徹~

playing 齋藤徹:vln喜多直毅 / vc翠川敬基 / pf黒田京子 / vo松本泰子
playing 齋藤徹:vln喜多直毅 / vc翠川敬基 / pf黒田京子 / vo松本泰子

昨年5月、惜しまれて世を去ったコントラバス奏者・齋藤徹氏。

即興演奏家としての活動の他、作曲家としても多くの名曲を遺しました。
また器楽曲ばかりではなく、現代詩人達の作品に旋律をつけた歌曲も豊富に遺しています。

今回は生前の齋藤徹氏とゆかりの深い演奏家4人が集い、氏の作品を演奏します。
オリジナルの音符ひとつひとつから感じられる作曲者の存在と共に、出演者の今を存分に反映した演奏を行いたいと思います。
この演奏会は『齋藤氏を偲ぶ』『面影を探す』というより、エバーグリーンミュージックとして齋藤徹作品を演奏するのが目的です。
そこから豊かに音楽が溢れ、自由に羽ばたく時、一方で齋藤徹作品の永遠性が確認されるに違いありません。
作品は演奏されてこそ。

出演:喜多直毅(ヴァイオリン )
   翠川敬基(チェロ)
   黒田京子(ピアノ)
   松本泰子(うた)
内容:齋藤徹オリジナル作品
   第一部:器楽作品に即興演奏を交えて
   第二部:歌曲

日時:2020年10月18日(日) 13:30開場/14:00開演
会場:公園通りクラシックス(渋谷)
   〒150-0042東京都渋谷区宇田川町19-5
   東京山手教会B1F
   03-6310-8871
   ※JR・東京メトロ・東急線・京王井の頭線渋谷駅下車徒歩8分

料金:30名限定・予約¥3,500
   
【ご予約について】
・メールでのお申し込み:violin@nkita.net(喜多)、会場での予約受付はございません。
 メールタイトルは「10/18予約」、メール本文に「代表者氏名、人数、連絡先電話番号」を必ずご記入の上、お申し込みください。
・小学生以下のお子様はご入場頂けない場合がございます。
   
【コロナウイルス感染拡大防止への取り組み】
・コロナウイルス感染拡大防止のため、30名まで客席数を限定して開催致します。
・マスク着用のご協力をお願いいたします。
・会場入り口に消毒液を設置いたします。
・ご入場の際は非接触型体温計による体温測定にご協力下さい。
・第一部と第二部の間に換気を行います。

2020年9月8日火曜日

9/15(火)は喜多直毅シンガーソングライターライヴ@音や金時です。

この記事はヴァイオリニスト・喜多直毅としてではなく、シンガーソングライター・喜多直毅として書いています。


歌詞覚えなきゃ、覚えなきゃ、覚えなきゃ。
この前は歌詞の中の“ひつぎ”というワードを“ひつじ”と言い間違えてしまいました。
“ぎ”が“じ”になっただけで、ずいぶん可愛くなってしまう。
それと“明日誰かを刺しに行く”を“明日自分を刺しに行く”と歌ってしまった。
これではかなり意味が違います。
自分を刺したくなんかありません。

一年ちょっと続けてきたシンガーソングライターライヴですが、新しい歌の歌詞の間違いは多いけれど、古い歌は間違えなくなってきました。
歌詞が身体に入っていると気持ちが言葉に乗る。
そうすると客席にも届く。
そんなことを実感しています。

この年になってなぜ歌なんか歌い始めたのか?
ヴァイオリンだけ弾いていればよいものを。
確かにそうかも知れません。
しかし短い人生、やりたいことはやった方が得だと思っています。

人からの評価はすぐに変わる。
人から褒められた喜びはすぐに終わる。
しかし自己満足は簡単に消えず、積み重ねていくことが出来る。
それが自分の宝として残る。
だからあれこれ理由をつけずやってしまった方が良いと考えます。

それに僕は自分の作る歌に大いに自信を持っており、「これは絶対に良い」と思っています。
『不幸は嫌だ、もう沢山だ』、『あいつが悪い、世間が悪い』。
こんなことを歌っています。
自信を持って、正しいと思って、です。

総じて実像を歌にしています。
誰に伝えるでもない、癒すでも励ますでもない。
ただありのままの出来事を描写しています。
ぬくもりとか微笑みとか優しさとか、そんな言葉は使いません(逆説的には使うかも)。
そんな言葉は僕にとって余り現実的ではないからです。
そういうものは天国にはあるけれど、この世には望むべくもありません。


今度のライヴではギターの加藤崇之さんに加え、コントラバスの西嶋徹さんが参加してくれます。
前回8月に横濱エアジンで行われたライヴに西嶋さんが初参加してくれ、より濃密な音楽になりました。
濃密なものが大好きなのです。
今回もまた良い演奏になりそうです。
是非お越し下さい!

喜多直毅シンガーソングライターライヴ
喜多直毅シンガーソングライターライヴ
with 加藤崇之(gt.)and 西嶋徹(cb.)
2020年8月7日@横濱エアジン

出演:喜多直毅(歌&ヴァイオリン)
   加藤崇之(ギター)
   西嶋徹(コントラバス)
内容:喜多直毅オリジナルソング

日時:2020年9月15日(火)19:30開場/20:00開演
(開場・開演時間がいつもより30分遅くなりました。)
会場:音や金時(西荻窪)
   東京都杉並区西荻北2-2-14喜志コーポB1
   03-5382-2020

料金:¥2,700+オーダー(飲み物)※フードの提供はございません。
予約:violin@nkita.net
※15名様限定です。お申し込みの際は《代表者氏名》《人数》《連絡先電話番号》を必ずお書き下さい。

2020年9月7日月曜日

8/21喜多直毅クアルテットライヴのレビューがJazzTokyoに掲載されました。

皆さん、こんにちは。

8月21日に公園通りクラシックスで行われた喜多直毅クアルテットのライヴのレビューがJazzTokyoに掲載されました。
書いて下さったのはライターの伏谷佳代さんです。
お越しになれなかった方も、読んで頂ければ当日の音楽の雰囲気をご想像頂けるのではないか?と思っています。
是非お読み下さい。

この日は録音も行いましたが、聴いてみますとなかなか良い感じ。
まだミックスも行っていませんが、何らかの形で皆さんにお届けしたいと思っております。
どうぞお楽しみに!

さてクアルテットの次回のライヴは11/15(日)、成城のアトリエ第Q藝術にて行われる予定です。
ゲストとして即興ダンスの矢萩竜太郎さんをお迎えします。

◉矢萩竜太郎(ダンス)
1976年生まれ。1990年、ヴォルフガング・シュタンゲ(ロンドン在住,舞踊教育家)との出会いをきっかけにダンスを始める。2014年夏、「竜太郎10番勝負」(東京 「いずるば」にて6公演、ドイツ各地で4公演)を齋藤徹、ジャン・サスポータスと共に成功させる。この東京公演とドイツツアーの詳細を、ドキュメンター作品「ダンスとであって」(近藤真左典監督)として発表。
ライブハウス「エアジン」での定期公演、北海道、岩見沢でのアール・ブリュットフォーラムでのオープニングアクト(齋藤徹、ジャン・サスポータスと共に)2019年4月喜多カルテットライブにゲスト出演し、圧倒的なダンスで好評を博す。
2018年、2019年 それぞれ1年間の「いずるばオープンリハーサル」を経て、「いずるばフェスティバル」に出演。
2019年 DVD第2作「ぼくのからだはこういうこと」(近藤真左典監督)を発表する。
ダンスのスタイルは常に “即興”。かたちに捉われない自分自身の表現を目指し、彼の存在がその場に与えるポジティブな影響は多方面で注目されている。

竜太郎さんとは昨年4月に、初めての喜多直毅クアルテットとのコラボレーションを行いました。

喜多直毅クアルテット+矢萩竜太郎(即興ダンス)
喜多直毅クアルテット+矢萩竜太郎(即興ダンス)
Vln:喜多直毅 / B.N.:北村聡 / Pf: 三枝伸太郎 / Cb:田辺和弘
2019年4月27日@いずるば(東京都大田区)




この公演では、彼は喜多クアルテットの音楽に全く想像もしない角度から光を当ててくれました。
彼の身体に漲るエネルギーが音楽と拮抗し混じり合う。
そこに誕生した輝くような世界に僕自身とても驚き、そして感動しました。

前回ご覧になった方にも、初めての方にも是非足を運んで頂きたい公演です。
詳細は決まり次第お知らせしますが、11/15(日)をどうぞご予定下さい!

2020年9月2日水曜日

9/5(土)白鳥古丹 - カムイコタン - ー未知から白鳥は来るー 朗読とヴァイオリンで描く、極北の詩人:吉田一穂の世界。 @市立小樽文学館

明日から長浜奈津子さん(女優・朗読家)と共に“おとがたり”というユニットで北海道にまいります。
昨日はそのリハーサル。
いい感じに仕上がっています!

おとがたり:長浜奈津子(朗読)喜多直毅(ヴァイオリン) 2020年9月1日、リハーサルにて。
おとがたり:長浜奈津子(朗読)喜多直毅(ヴァイオリン)
2020年9月1日、リハーサルにて。

奈津子さんとは不定期で朗読の舞台を作っています。
最初は永井荷風のような日本的情緒に溢れた作品を取り上げていましたが、最近は石川啄木や太宰治などの歪みや毒や棘を持つ作品にも取り組んでいます。

今回の演目は
◉啄木といふ奴 A GUY CALLED TAKUBOKU - 9/3函館、9/6札幌
◉白鳥古丹 - カムイコタン ー未知から白鳥は来るー 朗読とヴァイオリンで描く、極北の詩人:吉田一穂の世界。- 9/5小樽
の二つ。

有難くも函館と札幌の啄木は満員となりました。
ご予約感謝致します。

小樽の吉田一穂はまだお席に余裕がございますので是非お越しください。

白鳥古丹 - カムイコタン -
ー未知から白鳥は来るー
朗読とヴァイオリンで描く、極北の詩人:吉田一穂の世界。

おとがたり:長浜奈津子(朗読)喜多直毅(ヴァイオリン) 白鳥古丹 - カムイコタン - ー未知から白鳥は来るー 朗読とヴァイオリンで描く、極北の詩人:吉田一穂の世界。 2020年9月5日@市立小樽文学館
おとがたり:長浜奈津子(朗読)喜多直毅(ヴァイオリン)
白鳥古丹 - カムイコタン -
ー未知から白鳥は来るー
朗読とヴァイオリンで描く、極北の詩人:吉田一穂の世界。
2020年9月5日@市立小樽文学館

あヽ麗はしい距離 つねに遠のいてゆく風景……
悲しみの彼方、母への、捜り打つ夜半の最弱音
吉田一穂  詩篇 I 海の聖母より『母』

<公演に寄せて>
望郷は珠の如きものだ。私にとって、それは生涯失せることのなきエメラルドである。
(古代緑地【海の思想】より)

詩人、吉田一穂(よしだ いっすい)は北海道上磯郡釜谷村 (木古内町)の網元の家に長男として生まれた。積丹半島の古平町は、荒磯が見え隠れする段丘海岸。変化の劇しい青が輝く海と空の下、一穂は少年時代を過ごす。大正九年、一穂が二十二歳の時「ようし!詩を書こう。一生一度の生だ、自己を悔いなく生き切るために」と誓言、以後その一生涯を詩人として生きた。一穂の詩の原点はこの「古平」にあると聞く。「白鳥古丹」はこの時空に現存しない私のふるさと、と一穂は語る。「海の聖母」始め、ここから生まれた水晶の如き詩篇の数々を、生き生きと描きだすことができたら!そして我々は詩に耳を澄ませ祈るのです。一穂の言葉が、声とヴァイオリンの音色と共に「白鳥」の姿となり、未知から現れることを。内部の花を、開かねばならぬと。

出演:おとがたり
   長浜奈津子(朗読)
   喜多直毅(ヴァイオリン)
内容:詩集「海の聖母」「未来者」、幻想童話集「海の人形」他

日時:2020年9月5日(土) 18時30分 開場/19時 開演
会場:市立小樽文学館
所在地:〒047-0031 北海道小樽市色内1丁目9-5 TEL/FAX 0134-32-2388
入場料:前売り¥1,500 当日¥2,000
ご予約・お問い合わせ 090-3339-1281(長浜)
nappy_malena@yahoo.co.jp (長浜) violin@nkita.net (喜多)
*件名に「おとがたり予約」、メール本文に《9/5小樽公演》《代表者氏名》《人数》《連絡先電話番号》を必ずご記入の上、お申し込み下さい。

前に一穂は読んだことはありましたが、今回ほどその魅力を感じたことはありません。
作品を選んだのは奈津子さんです。
そのセレクションが良かったのかも。
一般的に一穂は詩人として認知されていますが、僕は彼の短歌にも大変心惹かれます。

水底の 静かなるかも一点の ノスタルヂアは 魚のごとくも
たゞひとり 酒くむことのさびしさに 馴れて深夜の酔いきどほろし
血痰を 口にふくみて枕辺の 原稿紙などさぐる夜半かな

これらも今回の台本に散りばめてあります。

そして今回取り上げる『マクベス夫人』は退廃美に満ちて、人間の業や欲望の渦巻く饗宴に招かれたよう。
もちろんこの作品も台本に入っています。

他に、詩や童話も入れて、約一時間の朗読に仕上げてあります。

朗読とヴァイオリンという形で一穂を取り上げるのは多分史上初だと思うのですが(?)、地元小樽で一穂を研究していらっしゃる方々もお越しになるようです。
嬉しい!

直前のご案内となりましたが、是非是非お越し頂ければ幸いです。
地元の方はもちろん、それ以外の地域にお住まいの方もお越しください!

2020年9月1日火曜日

先日8/21の喜多直毅クアルテット公演について。そして次回11/15(with矢萩竜太郎)について。

喜多直毅クアルテット: 喜多直毅(作曲とヴァイオリン)、北村聡(バンドネオン) 三枝伸太郎(ピアノ)、田辺和弘(コントラバス) 2020年8月21日@渋谷・公園通りクラシックスにて
喜多直毅クアルテット:
喜多直毅(作曲とヴァイオリン)、北村聡(バンドネオン)
三枝伸太郎(ピアノ)、田辺和弘(コントラバス)
2020年8月21日@渋谷・公園通りクラシックスにて

先日8/21の喜多直毅クアルテットライヴ、お越し頂きまして誠に有難うございます!
(本番当日から間があいてごめんなさい!)

当日のセットリスト。

1. 泥の川〜熱病のテーマ
2. 焦土
3. 孤独
4. 疾走歌
5. さすらい人
6. 厳父

録音のためエアコンを切った状態での演奏だったため、会場内が大変暑くなってしまいました。
今後はリスニング環境というものにも十分気を配りつつライヴを行いたいと思います。
実はこれ、演奏する側にとっても大変厳しい環境でした。
暑さで頭がボーッとしながらの演奏。
そして結成して10年来、一時間の切れ間ない演奏によって緊迫感とドラマを作ることをモットーとして来たのが、先日のライヴは暑さで止むを得ず休憩を入れたことが悔やまれます。
そのおかげで結果的には誰も熱中症にならずに済んだのですが…。
それと頭はボーッとしていても、練習を重ねた身体は案外演奏を覚えているものだとも分かりました。

今、当日の録音を聴いているのですが、これがなかなか良い!
多少のミスはありながらも、緊張感と集中に満ち、例えば僕が音楽で描きたいもの・『死』に肉薄するトラックが幾つか生まれたのが嬉しいです。
目的を果たせた、そんなことを録音を聴いて感じています。

当日は録音の他に録画も行いました。
これは何らかの形で皆さんにお届けしたいと思っています。
先日、林正樹さんが企画した生配信ライヴ(10組の出演者で10時間!)に参加させて頂いた時、初めて喜多直毅クアルテットをご覧になった方からの反響がたくさんあったそうです。
今回もこれから制作する演奏動画をご覧頂けますと幸いです。
少々お待ちください。

さて次回の喜多クアルテットのライヴは11/15(日)、即興ダンスの矢萩竜太郎さんをゲストにおむかえしてお届けします。
会場は成城のアトリエ第Q藝術。

実は竜太郎さんとは昨年一度共演しており、その時大変素晴らしいパフォーマンスになりました。
今回は会場が異なりますので、きっと違ったダンス&演奏が生まれると思います。
前回の公演の動画をシェア致しますので是非ご覧ください。




【矢萩竜太郎さんプロフィール】
1976年生まれ。1990年、ヴォルフガング・シュタンゲ(ロンドン在住,舞踊教育家)との出会いをきっかけにダンスを始める。2014年夏、「竜太郎10番勝負」(東京 「いずるば」にて6公演、ドイツ各地で4公演)を齋藤徹、ジャン・サスポータスと共に成功させる。この東京公演とドイツツアーの詳細を、ドキュメンター作品「ダンスとであって」(近藤真左典監督)として発表。
ライブハウス「エアジン」での定期公演、北海道、岩見沢でのアール・ブリュットフォーラムでのオープニングアクト(齋藤徹、ジャン・サスポータスと共に)2019年4月喜多カルテットライブにゲスト出演し、圧倒的なダンスで好評を博す。
2018年、2019年 それぞれ1年間の「いずるばオープンリハーサル」を経て、「いずるばフェスティバル」に出演。
2019年 DVD第2作「ぼくのからだはこういうこと」(近藤真左典監督)を発表する。
ダンスのスタイルは常に “即興”。かたちに捉われない自分自身の表現を目指し、彼の存在がその場に与えるポジティブな影響は多方面で注目されている。

公演の詳細につきましてはまたのちほど。
では宜しくお願いします!

2020年8月24日月曜日

9月の演奏スケジュールを追加しました。そして近況。



暑い毎日ですが皆さん、いかがお過ごしですか?
僕は思いの外忙しくしております。
コロナ禍で演奏の機会は少ないのに、なぜこんなに忙しいのか不思議。

夜になるとすっかり疲れ果てていて、趣味の連続Tweetを行うエネルギーもない。
あれ、晩酌しながら読むのが楽しみと言って下さった方もいらしたんですけど、ご期待に添えずすみません。

それと深夜徘徊も暑くて無理。
先日意を決して表に出たら、深夜だというのにすごい暑さ。
セミも元気に鳴いて飛び回っているし。
このまま歩いていたら熱中症で確実に死ぬ!と思い、三分くらいで引き返しました。
我が家の近所、深夜徘徊にちょうど良いんだけどなぁ。
残念。

6月頃にiPad Proを買ったのですが最近やっと使い始めました。



イラストとか描こうと思ってApple Pencilも買ったんだけど、もっぱらGoodnotesっていうノートアプリに作曲のスケッチを書き記す程度。

GoodnotesにApple Pencilで書いたスケッチ。紙の五線紙ノートと変わらない。

Notionというちゃんとした作曲アプリもあるのですが、こちらはまだ勉強中。

Notionの画面だけど、この楽譜はSibeliusで作ったものをxmlで書き出して読み込んでいる。

それとiPadにBluetooth接続して使うキーボードとトラックパッドも買いました。
スタバで仕事するかなと思って。
ところが禁煙に失敗して愛煙家に逆戻りしたので、当然スタバなどのタバコの吸えないカフェには行かないわけです。

喫煙者に逆戻りしてしまいました。
禁煙3週間目くらいから酷い鬱症状に悩まされ、何も手につかなくなった。
仕事に支障をきたすので結局吸い始めた。
医者に聞いたら『あなたの場合タバコが抗うつ薬になってるんですよ』だって。

結局家でも仕事場でも従来通りMacBook Proを使っており、iPadの活躍する機会はないのでした。
あ、でもPiascoreという楽譜表示アプリは便利です。
ペダル式ページターナーも買ったので、ページ数の多い楽譜も足で譜めくりをしながら演奏できます。


さて先日8/21に公園通りクラシックスにて喜多直毅クアルテットのライヴが行われました。
暑い中お越しくださった皆様、大変有難うございます!

当日のセットリストです。

    1.泥の川〜熱病のテーマ
    2.焦土
    3.孤独
    4.疾走歌
    5.さすらい人
    6.厳父

新曲はありませんでしたが、数曲リアレンジを行いましたので新曲さながらの緊張感でした。

それにしてもこの日は録音も同時に行った為、会場内のエアコンは完全に切った状態での演奏でした。
客席も暑かったと思いますが、照明の当たるステージはまるでサウナのよう。
曲が進むにつれて頭がボーッとしてくる…。
これでは命が危ない!と思ったので、3曲目が終わったところで演奏を中断。
休憩を入れさせて頂きました。

活動当初より休憩を入れない形でのライヴを行ってきた喜多カル。
それは一時間という時間をたっぷり使って一つの音楽ストーリーを連続展開するのが目的でした。
ところが、この様式を暑さ対策の甘さで壊してしまい、結果演奏者側もお客さん側も集中力が一時途切れてしまったことが残念でなりません。

あれもこれも自分のせい、自分の責任です。
ライヴの後、数日間は激しい自己嫌悪に苛まれました…。
色んな意味で見通しが甘かったんだ。
しかし何とか気持ちを立て直し、次のライヴに向かうしかありません。

喜多直毅クアルテット 喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン) 三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス) 2020年8月21日、リハーサル中@公園通りクラシックス
喜多直毅クアルテット
喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン)
三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス)
2020年8月21日、リハーサル中@公園通りクラシックス

次回のライヴは即興ダンサーの矢萩竜太郎さんと喜多カルのコラボです。
11/15(金)、成城のアトリエ第Q藝術で行います。

竜太郎さんとは昨年4月に初コラボを行い、これが大好評でした。
YouTubeに動画がありますので是非参考までにご覧頂きたいと思います。




今回は会場内の暑さで演奏を中断しましたが、次回はもちろん一時間たっぷりお届けしたいと思います。
是非お越しください!


話題は変わります。
シンガーソングライターライヴのこと。
先日8/7、横濱エアジンで行われたライヴではギターの加藤崇之さんとベースの西嶋徹さんが演奏して下さいました。
西嶋さんは初参加。
実は彼を誘った後に嫌がられるんじゃないかなぁとか不安に思っていたのですが楽しんでくれたよう良かった良かった。
(ちなみに次回は9/15、3人で西荻窪の音や金時で行います。)

喜多直毅シンガーソングライターライヴ
with加藤崇之(gt.)西嶋徹(cb.)
2020年8月7日@横濱エアジン
本番終了後のスナップ。

肝心の僕の歌ですが、相変わらず歌詞を間違えてばかりで本当に恥ずかしいことこの上なし。
ネットで歌詞の覚え方について色々調べたのですが、やっぱり200時間くらい練習しろとのこと。
歌詞を覚えるためには練習しかない!というわけです。
やっぱり…。
練習といってもただ歌っているだけではなく、手を動かしてノートに何回も歌詞を書くのも必要なのだとか。
受験勉強と一緒です。
僕も英語の短文とか覚えるとき、ノートに何度も何度も書いて覚えました。
やってみようと思います。

しかしシンガーソングライターライヴを一年以上行ってきて、確実に歌詞が身体に入った曲も増えてきました。
こういう歌は歌詞の中の『気持ち』にダイレクトにアクセスしてそれを歌に乗せられる。
なので客席に言葉が届きやすいようです。
やっぱり歌詞って覚えてこそ、ですね!


さて遅ればせながら9月のスケジュールを更新しました。
コロナの自粛ムードにあって、ライヴが多め。
各会場で入場人数を限定○名としています。
基本的に予約のみだと思いますのでご注意ください。

それでは会場でお会いできますように!

2020年8月4日火曜日

今週金曜日8/7はシンガーソングライターライヴ&生配信!!!(gt:加藤崇之/cb:西嶋徹)

喜多直毅シンガーソングライターライヴ with 加藤崇之
喜多直毅シンガーソングライターライヴ with 加藤崇之
2019年9月6日@音や金時(西荻窪)


『言葉』に魅せられたヴァイオリニストによる歌をお届けするライヴです。
これまで即興演奏やオリジナル作品等、インスト曲の演奏を行って来ましたが、その音楽のみなもとにはいつも言葉があったと言って過言ではありません。
これまでヴァイオリンの演奏活動と併行して、30年以上に亘って作り続けた歌たちは、素晴らしい歌手の方々によって有難くも命を吹き込まれて来ました。
しかし欲が出て、作った本人が歌うという試みを昨年から始めました。

当初は人様にお渡しした歌を歌っていましたが、何だかそれは違うのではないか?と感じるようになりました。
他所行きの服を着ている感じがする。
ちゃんと丁寧に作っているし、歌で嘘をついているわけではありません。
しかし自分が普段考えている事や自分の生き方と少し距離がある。
それは自分以外の人が歌うことを目的として作っているのだから当然です。
やはり自分が歌う用に作らなくてはと思い、最近は自分の為に作った歌を増やしています。

ところがこれがなかなか難しい。
自分が歌詞を作り、メロディを作り、声に出して歌う。
その目的も意味も余り突き詰めずに作っているのですから。
『それって歌う必要あるの?』『それを歌にする必要あるの?』。
一応、こんな問いを常に自分に向けるようにはしていますが、たまに力づくで作ってしまいます。
こういう力任せで体裁だけ整えた様な歌はやがて歌わなくなるし、人前で歌ったことが恥ずかしくなります。

しかし稀に歌詞とメロディがスーッと出てくることがあります。こういう歌は目的とか意味を超えたところにその存在があり、毎回のライヴで歌いたくなるし、生活の中でも口ずさんでいたりします。

歌作りは難しい。
難しいけれど面白い。

土砂降りの中ボクシングジムを覗いている男、己の容貌の醜さを嘆く青年、死を選んだサラリーマン、子犬に石を投げる少年…。
実在するなら会ってインタビューをしてみたくなるような人達を、歌の中に登場させることが出来る。
自分の場合、歌作りの面白さは人物を探していくところ、その人生の一瞬に触れるところにあると思います。

聴いてくださる皆さんが歌を作るわけではない。
しかし作る楽しさはきっと伝わると思うのです。
歌でも曲でも、美術作品でも文学作品でも、とにかく“もの”が出来ていく過程で生まれる波動は、見る人・聴く人・触れる人に何らかの影響を与えるのではないかと思っています。

今回、一緒に演奏してくれるのは、加藤崇之さん(ギター)、西嶋徹さん(コントラバス)という最高のミュージシャン達。
楽曲には即興演奏の部分も取り入れていますので、必ずお楽しみ頂けると思います。
もちろん僕も少しヴァイオリンを弾かせて頂きます。
皆さん、ぜひお聴きください!

喜多直毅シンガーソングライターライヴwith加藤崇之(ギター)西嶋徹(ベース)
ライヴ&生配信、両方やります!!!
【ライヴ】
出演:喜多直毅(歌&ヴァイオリン)
   加藤崇之(ギター)
   西嶋徹(コントラバス)
内容:喜多直毅オリジナルソング

日時:2020年8月7日(金)19:00開場/19:30開演
会場:横濱エアジン(関内・馬車道)
   神奈川県横浜市中区住吉町5-60
   045-641-9191

料金:¥2,500(+オーダー)限定8名
   23歳以下の方は¥1,000割引 高校生1,000円
ご予約・お問い合わせ:
   横濱エアジン 045-641-9191 or

【生配信】
¥2,000
こちらのリンクから『カートに入れる』をクリックし、ログイン又はゲスト購入者としてチケット(¥2,000)をお買い求めください。
ご購入完了後、ご登録メールアドレスに視聴用URLが届きます。
そちらをクリックしてご覧ください。
配信終了後2週間に亘ってアーカイヴをご覧頂けます。

※ライヴ中にご紹介できるメールを募集しています。
内容問わず。violin@nkita.net

2020年7月28日火曜日

公園通りクラシックス SAVE THE CLASSICS FOR THE NEW ERA vol.1 現在アーカイブ配信中!!!


コロナ感染拡大以降、日本中で多くのライヴハウスが困難に直面しています。
その中の一つが公園通りクラシックス。

渋谷駅を後に、公園通りの坂道をNHK方面へ登る。
向かいにはApple Store、上にそびえる東京山手教会。
その地下にこのライヴハウスはあります。
かつて美輪明宏さんや高橋竹山さんがパフォーマンスを行っていた“渋谷ジャンジャン”の丁度楽屋あたりが、今の公園通りクラシックス。
もともとただならぬ音楽や芝居が繰り広げられていた場所だけに、やっぱり波動が違うのです…。

それはともかく。
この会場の素晴らしいところは、その“白さ”。
白とはどんな色合いにも染まることの出来る色。
ジャズにもロックにもクラシックにもタンゴにも現代音楽にもインプロにも…、とにかくどんな色にも染まる。
しかし重要なのは、どんなジャンルにも属さない、例えば我々のやるような音楽にも染まると言うこと。
場が音楽を縛らない。
だからこそ、自由な音楽がここを求めて集まる。

公演が終わってお客さん達が去ると、いつの間にかまた元の白さを取り戻し、明日の色に染まるのを待つ…。
こうしてクラシックスは公演ごとに色を変え、もはやただの白い白ではなく、『豊かな白』となって今に至るのだと思います。

このユニークな場で、僕自身、様々な公演を行って来ました。
また参加したライヴも数知れず。

2011年11月22日:黒田京子トリオ
喜多直毅(ヴァイオリン)翠川敬基(チェロ)黒田京子(ピアノ)

これまでのクラシックスとの関わりで一番大きなものが、喜多直毅クアルテットです。
約10年前の結成当初より、現在までずっとこの会場をホームグラウンドとして来ました。

2018年10月27日:喜多直毅クアルテット(リハーサル中)
喜多直毅(ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン)
三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス)

またそれ以前、黒田京子さん(pf)とは『軋む音』と称して、音楽と言葉によるテーマ性を持ったコンサートを続けていました。
インスタレーションのようなものを作ったり、蚊帳の中に布団を敷いて寝たこともあります。

このような思い出深い場所、そして常に作品の器として存在し続けたクラシックス。
どうかこの困難に負けずに存続して欲しいと願います。
音楽を愛してやまない皆さんが、お気に入りの演奏家を応援するように、ぜひこの白い空間・公園通りクラシックスをお支えくださいますように。
音楽文化の守り手としての皆様お一人お一人の協力を心からお願い申し上げます。

【アーカイヴ配信のお知らせ】
先日行われた公園通りクラシックスからの10時間10組出演生配信、ご覧いただいた皆様、どうも有難うございました。
(そして出演者の皆さん、スタッフの皆さん、主催の林正樹さん、本当にお疲れ様でした!)
当日の映像は現在アーカイブ配信されています。
生配信をご覧になった方も見逃した方も是非ご覧下さい(8/2まで)。

【チケット・投げ銭について】
視聴用に“イマチケ”のチケット購入が必要です。
お支払い頂いた¥1,000のうち¥500をクラシックスにお渡しします。
“パスマーケット”の投げ銭については全額お渡しする、という形となっております。
※2020年7月29日、訂正

【出演アーティスト】 
12時〜 伊藤志宏
13時〜 salle gaveau
14時〜 琴鼓’n管
15時〜 クアトロシエントス
16時〜 徳澤青弦
17時〜 藤本一馬カルテット
18時〜 喜多直毅クアルテット   
19時〜 のぶまさき with 佐藤允彦 
20時〜 吉田篤貴EMO Strings
21時〜 間を奏でる

2020年2月21日金曜日

2/28(金)はシンガーソングライターライヴwith黒田京子(pf)@大泉学園inF!!!

前回のシンガーソングライターライヴ(2020年11月28日@大泉学園inF)
喜多直毅(歌・ヴァイオリン)黒田京子(ピアノ・ピアニカ)

2/28は大泉学園・inFでシンガーソングライターライヴを行います。
今年の正月明けにふと思い立って自分の歌のデモを作ってSNSやYouTubeに載せたら、思いの外多くの方から反響を頂いてとても嬉しかったです。

その時、ピアノを弾き、歌を歌い、ヴァイオリンを重ねて、全部一人で作ったのですが、なかなかこれが楽しい。
他の仕事のために急いで揃えた機材がこんなふうに利用されようとは!
これからも時間があったらこうした音源をネットに載せていけたらと思っています。
僕の楽しみが増えました!

さてこのシンガーソングライターライヴ、元々はライヴハウスのママさんに勧められて始めたものです。
それまでは人様に提供するのみの“ソングライター”だったのですが、『自分で歌ってみたら?』と言われて思い切ってやってみることに。

最初の頃は物凄く緊張してメチャメチャでした。
メチャメチャは今もあまり変わっていないのですが、少しずつ歌や歌うことに対する感じ方が変わってきたように思います。

前は人様のために書いた歌をとにかく一生懸命“上手に”歌うことに必死。
音程やリズムを正確に、発声をちゃんとして、歌詞を見ないで…みたいに。
このような歌の基本は相変わらずダメなままではありますが、それでも歌手っぽく上手に歌おうと思っていました。
こんな言い方をしては身も蓋もありませんが、それはどこか『カラオケを上手に歌いたい』に近い気持ちだったのかも知れません。
この気持ちが少しずつ無くなってきました。

それと人様のために書いた曲は(全てではありませんが)その歌手の声だとか人物みたいなものを一応想定しているわけです。
Aさんに対して歌を書くなら、Aさんの声や歌い方だけではなく、Aさんがどんな人かについても考えるわけです。
もちろんAさんそのものである必要は全くないのですが、不自然にかけ離れたものを歌っていただくわけにはいきません。

こんな考え方に基づいて歌を作ってきたのですが、それをいざ自分が歌うとなると、結構違和感があることに気がついたのです!
自分で仕立てたシャツだけど、微妙に肩幅や身幅が合わない。
袖丈が違う…みたいな違和感です。

決して何の気持ちも込めず、良い加減に、流れ作業的に作ってきた歌ではありません。
それぞれ丹精込めて作ってきたのですが、やっぱりどこかで人様に歌ってもらうことを前提としていたんだと気付かされた次第です。
そう、人様のためにあつらえたシャツだったのです。

自分が作った歌でも自分には歌えない。
それは歌の技術がどうこうではなく、やはり自分の気持ちが自然に反映した言葉やメロディでないと、実際に自分で歌うときにその中に入っていけないんだと分かりました。
そしてその気持ちを歌詞とメロディにダイレクトに反映させるためにはどうしたら良いのか?
鏡や窓ガラスを磨いておけってことかも知れません。

人様のために歌を作ることはとても楽しいのでこれからももっと続けていきたい。
今後は今まで以上に、もう少しその歌手の“人物”から歌作りをスタートさせられたら良いなぁ。

そして自分の歌。
YouTubeやSNSに載せた『青空』は実に自分が歌うための歌です。
メロディはある映画のために作り、残念ながら採用にはならなかったものの、とても気に入っていたので家でデモ音源を繰り返し聴いていました。
そこに歌詞がどこからともなくやって来た。
こうして出来た曲です。

ってなわけで、少しずつ進化しているシンガーソングライターライヴ。
2/28はぜひお越しください!
ピアノは黒田京子さん。
超贅沢です。

出演:喜多直毅(歌・ヴァイオリン)
   黒田京子(ピアノ)
内容:喜多直毅オリジナルソング

日時:2020年2月28日(金)19:00開場/20:00開演
会場:インエフ(大泉学園)
   東京都練馬区東大泉3-4-19津田ビル3F
   03-3925-6967

料金:¥2,500+オーダー
ご予約&お問い合わせ:
   03-3925-6967
   in-f.sato@nifty.ne.jp



『青空』
作詞作曲:喜多直毅
歌・ヴァイオリン・ピアノ:喜多直毅



ネクタイ、駅に捨てて歩いた 
気が付けばここは青空 
雲の隙間から見下ろせば 
穏やかな風景 

毎朝揺られた急行列車 
輝いて町を貫く 
ひしめくビル、高さを争う 
でも空に届かない 

別れを告げる相手さえない 
悲しむ者一人ない 
この朝ほど清々しく 
世界を感じたことはない 

僕は今空にいるんだ 
何の苦しみもないのさ 
心苛むあらゆるもの 
地上に置いて来た 


昨日まで住んだアパート 
地上に探す目印は 
ベランダに干したワイシャツ 
今、風が吹き捨てた 

軽い命か、重い命か 
そんなことはもう良いんだ 
ごらん、風に舞い飛ぶシャツ 
空の高みへ溶けゆく 

僕は今空にいるんだ 
何の苦しみもないのさ 
心苛むあらゆるもの 
地上に置いて来た 


安いスーツのポケットの中 
指に触れるほつれ糸 
引き抜いても、引き抜いても 
指に絡みつく苦しみ 

僕は今空にいるんだ 
思い煩い脱ぎ捨てて
心苛むあらゆるもの 
地上に置いて来た

2020年2月20日木曜日

2/22(土)は即興ダンス・矢萩竜太郎さんとのパフォーマンス@CafeMURIWUI(祖師ヶ谷大蔵)


2/22(土)、ダンサーの矢萩竜太郎さんと祖師ヶ谷大蔵のMURIWUIというカフェでパフォーマンスを行います。
これは5月下旬にロンドンで行われるダンスフェスティバルへの参加のため、我々の呼吸を合わせておこうという目的で企画したセッション。
(ロンドンのことはまた改めてお知らせいたします。)

さてここでは竜太郎さん、とは呼ばずに竜ちゃんといつもの呼び名を使いたいと思います。
彼と知り合ったのは齋藤徹さんと出会ってしばらくしてからなので、まだ十年は経ちません。
しかし彼の本拠地のいずるば(ダンススペース)では頻繁に顔を合わせているし、即興パフォーマンスに一緒に参加していたりするので良く知った仲です。

彼は僕の4歳年下ですが、その言動はもはやオヤジの域に達していると思います。
オヤジギャグ寒い…。
そしてオフの時の言動がまるで町工場の社長の様なのです。
どのように町工場の社長か…、それはご想像にお任せします。

左から:喜多直毅、矢萩竜太郎(ダンス)、ジャン・サスポータス(ダンス)
ジャンさんはピナ・バウシュ舞踏団のソリストを務め、現在は世界各国で演出やワークショップをしています。
竜太郎さんも大いに影響を受け、ドイツ公演でも様々なサポートをして頂きました。
2017年9月14日@いずるば(東京・田園調布)

彼はダウン症という障がいを持っています。
障がいの話は、正直なところ僕はとても苦手なのです。
というか、障がいについて良く分からないと言った方が良いかも知れません。
知ったかぶりで無責任なことを言ってはならないし、障がい者本人や周りの方々を傷つける発言をしてはいけない。
しかし『障がい・障がい者を知らないから』という言い方そのものが彼らを傷つけるのかも知れません。

そういえば僕は自分のこととして障がいを知っていた、差別を知っていた。
ダウン症や近年ドイツで参加している自閉症をモチーフにしたダンス作品に関わって、忘れていた何かが自分の中にあったのを思い出しました。
それは胸に秘めて、将来お話出来たらと思います(遠い将来)。

彼と初めて会った時、僕はどういう態度をとって良いのか、何を話して良いのか分かりませんでした。
他の出演者、コントラバスの齋藤徹さん、舞踏の岩下徹さんのお二人は竜ちゃんとは前から親しい関係。
三人で仲が良さそう。
会場も初めてで馴染むまで時間がかかりました。

所在無く楽屋に寝転ぶと竜ちゃんが隣に寝転び、僕の手の中に小さな握りこぶしを挿し入れて来たのが忘れられません。
大勢が集まってリハーサルやイベントを行うと、初めて来た人はなかなか輪に入れなかったりするでしょ?
彼はそういう人に近づいて必ず声をかけてあげるのです。

これは障がいによるものでもなく、彼に与えられたキャラクターなのではないかと思います。
前にどこかでダウン症の人たちの基本キャラクターは朗らかでユーモアに富む、と読んだことがあります。
それはまさに竜ちゃんに当てはまります。
いや、あまり断定しない方が良い。
色んな性格の人がいるでしょうから…。
しかし彼はこれまでに傷付くことも数多経験している、ということは付け加えておきたいと思います。

彼のダンスは初めて出会った頃から長足の進化を遂げています。
それは最初から彼の人柄を感じさせてくれるものでした。
例えば力強さとかユーモアとか、そう言ったものが動きから感じられた。

しかしドイツ公演や徹さんとの共演、岩下さんによるレッスンを重ねて、ちょっと神がかったものになって来ています。

彼の動きに何か高次元なものを感じる。
ダンスの場が異空間になるような…。
それは動きというより存在そのもの?
そして孤独とか祈りも感じるようになって来ました。
深さと高さが加わりました。



障がいと言うアングルから見るか、ダンスと言うアングルから見るか、それは全く人それぞれだと思います。
でもこの二つだけではなく、様々なものが交差するところから彼のダンスは生まれているに違いない。
ダンスが素晴らしいんだから障がいなんてどうでも良いじゃん!と言う感想もあるかも知れない。
しかし僕は彼が障がいを持っていると言うことも大事なことではないかと考えています。

障がいと言うアングルから見るか、ダンスと言うアングルから見るか、或いは矢萩竜太郎という人?または存在そのものに目を凝らすか?
否、それでもない。
もちろん彼の人柄でもない。
矢萩竜太郎という器(身体)に宿る何か…。
それが一番重要なのではないかと思います。

彼はずっと徹さんとセッションを行って来ました。
徹さんが亡くなって、大事な共演者を失った竜ちゃんですがそれは僕にとっても同じこと。
何だか天国の徹さんが「二人でやりなさい」と言っている気もします。
そして徹さんは『竜ちゃんにはいつも教えられる』と言っていました。
それは本当なのです!
僕も今回多くを学ばせて頂けるに違いありません!

矢萩竜太郎 / 齋藤徹
矢萩竜太郎 / 齋藤徹

どうぞ皆さん、お誘い合わせの上お越しください!

喜多直毅・矢萩竜太郎セッション
ヴァイオリンとダンスのインプロヴィゼーション

蕾の中で季節を待っているのは自由の花…。
二人のインプロヴァイザーが放つ優しく強いエネルギー。

コントラバス奏者の故・齋藤徹氏の引き合わせによって出会った喜多直毅(ヴァイオリン)、矢萩竜太郎(ダンス)の初の即興デュオセッションです。昨年4月には矢萩竜太郎さんのホームグラウンドとも言うべき“いずるば”にて喜多直毅クアルテットとのコラボレーションが行われ、大変見事なパフォーマンスとなりました。
矢萩竜太郎さんはダウン症のダンサーとして様々な場所で踊り続けています。彼のダンスには何ものをも超えて伝わる確かな力があり、そして優しさがあります。そのダンスをどのように例えたら良いかと言葉を探してみました。浮かんだのは“蕾の中の自由の花”。冬の只中にあって確かに伝わってくる生命の息吹。その鼓動のようなものを本公演から感じて頂ければ幸いです。

出演:喜多直毅(ヴァイオリン)
   矢萩竜太郎(ダンス)
内容:即興パフォーマンス

日時:2020年2月22日(土)19:00開場/19:30開演
会場:カフェムリウイ(祖師谷大蔵)
   東京都世田谷区祖師谷4-1-22-3F
   
料金:予約2,500円/当日3,000円(ワンドリンクオーダー)
ご予約・お問い合わせ:violin@nkita.net

【出演者プロフィール】
◉喜多直毅(ヴァイオリン)
国立音楽大学卒業後、渡英し作編曲を学ぶ。その後アルゼンチンにてタンゴヴァイオリン奏者のフェルナンド・スアレス・パスに師事。タンゴからプログレッシヴロック、アラブ音楽、フリージャズなどに演奏分野を拡大し、近年は即興演奏やオリジナル楽曲を中心とした演奏活動を行っている。2011年よりメインプロジェクトとして喜多直毅クアルテットを開始。出自であるタンゴと様々な音楽の融合による独自の世界を創り出している。黒田京子とのデュオでは、即興性を重視したユニークな編曲で映画音楽・昭和歌謡・オリジナル作品を演奏している。即興演奏を中心とする齋藤徹の企画へも多数参加。日本や韓国の伝統音楽奏者との共演(久田舜一郎、沢井一恵、他)、コンテンポラリーダンス作品への参加では国内のみならず欧州での演奏活動も多い(角正之、Jean Sasportes、他)。翠川敬基、田中信正、西嶋徹とのデュオも頻繁に行う。また朗読家とのコラボレーションも多数行なっている。我が国に於いて最も先鋭的な活動を行うヴァイオリニストの一人である。

◉矢萩竜太郎(ダンス)
1976年生まれ。1990年、ヴォルフガング・シュタンゲ(ロンドン在住,舞踊教育家)との出会いをきっかけにダンスを始める。2014年夏、「竜太郎10番勝負」(東京 「いずるば」にて6公演、ドイツ各地で4公演)を齋藤徹、ジャン・サスポータスと共に成功させる。この東京公演とドイツツアーの詳細を、ドキュメンター作品「ダンスとであって」(近藤真左典監督)として発表。
ライブハウス「エアジン」での定期公演、北海道、岩見沢でのアール・ブリュットフォーラムでのオープニングアクト(齋藤徹、ジャン・サスポータスと共に)2019年4月喜多カルテットライブにゲスト出演し、圧倒的なダンスで好評を博す。
2018年、2019年 それぞれ1年間の「いずるばオープンリハーサル」を経て、「いずるばフェスティバル」に出演。
2019年 DVD第2作「ぼくのからだはこういうこと」(近藤真左典監督)を発表する。
ダンスのスタイルは常に “即興”。かたちに捉われない自分自身の表現を目指し、彼の存在がその場に与えるポジティブな影響は多方面で注目されている。

《追記》
長々と竜ちゃんについて、障がいについて、ダンスについて書かせていただきました。
しかしいつかフライヤーに一言も『ダウン症』とか『障がい』と書かずに公演を行えたらと僕は思っています。
ダウン症の人々は顔立ちに特徴があるので、客席の方々はお気づきになるでしょう。
でもハッと気がついて、でも目の前の竜ちゃんを見て、そしてひょっとしたら他の観客達の反応を見て…。
何か大事なものを感じられるステージになると思うし、帰り道も家についてシャワーを浴びる時もベッドに横になった時も、そして時間が経った後もずーっと考え続けると思います。

2020年2月13日木曜日

一生スランプはやってくる、かも知れない。


プロのヴァイオリニストとして言ってはならないことと知りつつ敢えて言いますが、自分が上手いと思ったことは一度もありません。
たまに上手いかも?と思うけどすぐにそれは妄想だったと気付かされます。
下手な演奏が続いたり、上手い人の演奏を聴くと自分が上手いなんて思えなくなります。

正しい音程、規則正しく振幅するヴィブラート、巧みなボウイングのコントロール。
そして音色の変化の豊かさ。
しかも20代の学生時代に弾いていた曲を40代になってもバリッと弾きこなす。
カッケェ…。
あぁ自分もこんなふうに弾けたらと切に願う。
そしてこっそり嫉妬する。

多分『誰もお前が上手いなんて一度も思ったこたぁねーよ!』と言う声もあるでしょう。
そう言うご意見は今後の参考にさせて頂くとして、でも近年はより一層上手いと思わなくなりました(それでも聴いてくださる方にはホント感謝しかありません)。

ここ数年、いや十何年もあるテクニックが困難で悩んで来ました。
二十代で出来ていたことが30歳前後で全く出来なくなってしまった。

何故こうなってしまったのか?
実は英国留学時代は僕は殆どヴァイオリンを触っていなかったのです。
自分は作曲や編曲を勉強しに来たんだからと思い、ヴァイオリンの練習はしていなかったのです。
もちろんこんなに練習していなければてきめんにその効果が現れます、悪い方向に。

英国からアルゼンチンに渡りタンゴを勉強しましたが、そのレッスンでも自分のテクニックが劣化していることを知り愕然としました。

帰国してから、いろいろな練習法を試してみました。
当時はガッツリ系のヴァイオリンの奏法技術書と言えば『ヴァイオリン演奏の技法(カール・フレッシュ)上下巻とかガラミアンの本くらいしかなくて、それに沿って練習しても身体が痛くなったり、上手く筋肉の脱力と呼吸がリンクしなかったりしました。
どこかを気をつけると他の方に意識が向かなくなるのです。
それと膨大な文章を前にして心が折れちゃったりとか。
結局本を参考にしてもダメで良い先生のレッスンを受けなきゃならないんだと思いました。

ところが色んな事、例えば自分のバンドのための作編曲やサボり癖で忙しくなり(?)、そのテクニックの改善も疎かに。
結局ヴァイオリニストとして仕事はしていても、問題の技術に関しては放置状態となってしまいました。

そして四十も半ばを過ぎた今、復讐を受けているわけです。
特に首が痛いです。
いつも固く凝っており、たまに整体に行って首を触られると悲鳴をあげそうになる。
揉まれると涙が出るくらい痛い。
相手は「撫でてるだけですよ」と言う。

喜多直毅 Naoki Kita
2015年7月16日盛岡少年院にて

そんなこんなでここ数年、本気でこのテクニックを何とかしなくてはと思い色々とその原因と解決策を考えていました。
実は症状が出る時と出ない時があるのです。

《症状が出る時》
・首が固まっている
・ヴァイオリンが前の方に落ちている(猫背の前傾姿勢)
・左手の人差し指付け根がネックを押さえつけている
・フォルティシモの時に、何故か左手指が指板を押さえ込んでしまう(左手指で弦を押さえ込んでもフォルティシモにはなりません)
・身体からの動きのエネルギーが首・肩・腕・手・指のいずれかでブロックされている
・顎と鎖骨がちょうど良い具合に楽器を保持していない

《症状が出ない時》
・演奏で心から“歌って”いる
・ヴァイオリンが高めの位置で保持されている - 顎と鎖骨で楽に楽器を挟んでいて、左手が“持つ事”から自由
・左手肘が普段より内側に入っている
・左手の親指と人差し指付け根がネックを固定していない
・左手の親指が外側に反り返らず、内側に向かってリラックスしている
・他の左手指にも力が入っておらず柔軟性がある
・左手指の爪が切ってある(大事)

これらのポイントを虱潰しに改善していけば良いのですが、実際はそう簡単にいかない。
何故かというと、ヴァイオリンの演奏は全身が連動しており、身体のコアから何とかしないと“部分”まで改善されないからです。
症状が起きている箇所ではなく全然関係の無さそうな所に意識を向けたら症状が出なくなった!というふうに。
これは自分自身の身体の認識をより鋭敏にしていくと共に、第三者に見てもらう必要があると思っています。
プロのスポーツ選手やオリンピックのメダル選手にもコーチがいるように、プロの演奏家にもそういう存在が必要!

というわけで、相変わらず下手だ下手だと思いながら練習する日々です。

もともとカール・フレッシュのスケールだのセヴィシックの基礎技術エチュードだのは大嫌いなのです。
出来たら曲を練習したい。
その方が楽しいし、上達したら仕事でも使えるかも知れない。

ただ基礎練の良いところは『スランプに効く』ところです。
僕は数ヶ月おきにスランプに陥る人間です。
・本番で音楽に入れない、集中力が出せない、気持ちが入らない
・極度に上がってしまう
・開放的になれず萎縮してしまい、音楽がつまらなくなってしまう
・ミスを連発する

こういう演奏をした夜は眠れないし、眠剤も効かない。
その後数日間は自己嫌悪で死にたくなる。
時には共演者を恨む…(酷いっすね)。
こんな具合です。

一回の演奏があまりうまくいかなかったのなら大して落ち込みません。
ただ下手な演奏が連続すると、うわっスランプだ!と確信するのです。
スポーツの漫画とかアニメでもそういうのあるでしょ?
そういう時、登場人物達は黙々と素振りをするとか、走り込むとかしていました。
だから楽器の演奏でもスランプの時は基礎練に限るのだと思います。
但し経験上、僕は根性でやりすぎるところがあるので、そこは気をつけています…。
案外体育会系なのかも?

思えばこれまで数限りない失敗をして来た。
『でも良い演奏だって沢山して来たじゃないか!大丈夫だよ!元気出そうぜ!』
…と自分を慰さめ、励ますことにしています。
何でも良いからまた元気になれたらそれで良いのです。
じゃないと続けていけません、この仕事。

人生においても然りです!

誤解のない様に最後に書かせて頂きますが、この記事での『上手い』は技術のことを指しています。
音楽性やクリエイティビティ、オリジナリティ、センスのことではありません。
無論それらは技術の助けがあって初めて翼を得るものですが、しかし完全なテクニックのみでは、人を奈落の底に突き落とす様な残酷なまでに美しい音楽には到達しえない。
何が音楽をそこまで高めるのか?
この問いに対する音楽家によって考え方は異なるでしょう。
しかし、音楽家はその一生の間、死ぬまでそれを考え続けるのでしょう。

例えばコパチンスカヤの性格無比なテクニックは実に素晴らしい。
しかしそれ以上に彼女から感じるのは凡百のヴァイオリン奏者には無いクリエイティビティです。
彼女がバルトークの無伴奏を弾くのをYouTubeで見ましたが、恐らく彼女の創造性は作曲家バルトークのそれと同等、いや凌駕するのではないかと思ったほどです。
バルトーク自身が想像だにしなかった新たな地平がそこにある様な気がします。

さぁセヴィシックさらうかぁ。

ヴァイオリン、一生弾き続けたい。

2020年2月11日火曜日

生まれて初めて作曲家として仕事をしました。映画『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』

『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』と言うドキュメンタリー映画に曲を提供させて頂きました。

映画『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』公式サイト

映画『花のあとさき ムツばあさんが歩いた道』
2020年5月より銀座シネスイッチで上映

作曲家として僕の他に巨勢典子さん、大曽根浩範さんが曲を書いていらっしゃり、それぞれのテイストが映画をより立体的で奥行きのあるものにしています。

実はこの映画、元々18年間シリーズとして放送されて来たNHKのドキュメンタリー番組だそうです。
だそうです、って実は僕はテレビを見ない暮らしを10年以上続けています。
テレビは持っていますが埃が積もっています。
ドラマやバラエティやスポーツ中継は見ませんし、ニュース番組も見ません。
母に「ニュースぐらい見ないと世の中のこと分からなくなるよ!」と言われたことがあります。
一番最近スイッチを入れたのは、東日本大震災の時。
被害状況を見て、それ以来テレビとは無関係の生活をしているのです。

こんな有様ですので、このドキュメンタリーのことは知りませんでした。
(あ、NHKの受信料はちゃんと払っています。)

さてこの映画、どんな内容か?
それは元になった番組を見てもいなかった僕がここに書くのは大変僭越です。
しかしそれでは読者の皆さんに何も伝わりませんので、ネタバレしない程度に少しだけ書かせて頂きます。

秩父の山奥に限界集落とも呼ぶべき村がありました。
どこから行くにも大変な場所。
ここに住んでいるのは80歳をとうに過ぎたようなお爺さん、お婆さんばかり。
息子や娘たちはとっくに山を降り都会で暮らしています。
山には仕事がないからです。

残った老人たちは急斜面に畑を作り、こんにゃく芋やネギなどを栽培し、また山の手入れなどをして暮らしています。
手入れというよりも山を守る、と言った方が良いかも知れません。
畑の土は痩せて硬く、とても農業に向いていません。
しかしお年寄りたちは先祖代々受け継がれたこの土地も村も棄てることなく生活しています。
まるでそこが自分たちに与えられた恵みであるかのように大切にしているのです。

そこにムツばあさんというお婆さんが住んでいます。
このお婆さん、実にチャーミングなのです。
笑顔が素敵だし、声も溌剌としている。
そして働き者。
ちょっと腰が曲がってるかなぁ…と思いきや、屋根の上に登って野菜を干したり、背中に担いだ大きなカゴに沢山の落ち葉を積んで山を登っていく。
試写会に行って大きなスクリーンで見た時、どれほど山の斜面が急か分かりました。
若者だってあんなカゴを背負って歩いたら斜面を転げ落ちるかも知れません。

ムツばあさんは山に咲く花を心から可愛がっていました。
僕にも花を愛でる心がやっと最近生まれて来ましたが、春の山に咲く花には殊の外生命の歓びを感じるのです。
春が来ると花のおかげで空気にまで彩りが加わる様です。

初めてこのドキュメンタリー番組がテレビで放映された後、視聴者から多くの反響があったそうです。
中には人生に希望を失っていたけれど、この番組をみて生きる勇気が湧いたという声もあったそうです。
回を重ねるごとに次第に番組のファンが増え、視聴者がムツばあさんや山に心惹かれて、わざわざ秩父の奥の方まで訪ねてくるようになりました。
そうするとムツばあさんは彼らと気軽に言葉を交わし、花を見せてあげるのです。
今回公開される映画にも、ムツばあさんの花を見に訪れるファンの方々が登場します。

ネタバレしない様に書くとこのくらいになってしまいますが、大体内容の概略や背景や雰囲気はご想像頂けたのではないかと思います。

今回、作曲のお話を頂いた時、まだ完成前のナレーションも音楽も入っていない(当たり前)DVDを見せて頂きました。
山、花、自然。
正直に申し上げると、『困った!』と思いました。
何故かというと自分の“専門分野”ではないと思ったからです。
(じゃあお前の分野は何だ?と聞かれても困るのですが。)

しかし自分の記憶の中に、仮にそれが実体験ではなく本や映画で知ったものだとしても、何か繋がる糸があるのでは?とそれを探しました。
見つかったのは『残された空』でした。

『残された空』って、喜多直毅クアルテットや黒田京子さん(pf)とのデュオで頻繁に演奏している僕のオリジナル曲です。
でもあの曲がどうのこうのではなく、言葉のイメージとしての『残された空』です。
“空”を外して“残された”だけでも十分かも知れません。

先祖や父母から残された畑や山。
やはり先祖達から残された祭りや慣し。
残されて次第に朽ちていく暮らしの痕跡。
残された子供や孫達。
その子供や孫達に残された時間と場所。
そして残されたものを滅ぶに任せざるを得ない悲しみと無念さ。

特に、朽ちていく暮らしの痕跡には特別なものを感じました。
(このシーンは皆さんにとっても大変印象的に写るのではないかと思います。)
朽ちていくのはとても自然なこと。
命あるものにやがて死が訪れる様に、秋になれば草花が枯れる様に、それは当たり前の摂理。
生も死も営みの中に。

それにしても朽ちていくものが私たちに告げているのは何だろう。

この映画にはある問いかけがあり、それはご覧になると感じて頂けるのではないかと思います。
“メッセージ”とか“声”と言い換えても良いかも知れません。
その問いかけと残されたもの達の接点に流れる音楽を作れたら良いなと思いました。

その問いかけの意味自体は厳しいものかも知れないけど、厳しい顔を差し向けて詰問調で押し迫ってくるのではない。
声高にイデオロギーを叫ぶのでもない。

むしろ、ムツばあさんがわざわざ山を訪れてくれた視聴者や番組スタッフに『良く来たね!』『今年は花が綺麗に咲いたよ』と言っている時のあの笑顔。
また湧き水をコップに汲んで『美味しい水だから飲んでみなさい』と言うあの声と言葉。
それらの奥底にこそ問いかけは隠されている様な気がします。
だから音楽も厳格な喜多クアルテットの音楽ではなく、ムツばあさんの暮らす穏やかな風景を思い描ける様な曲調にしました。
ただ問いかけもメッセージも声も無くなったわけではないのです。

今回は作曲家の3人が別な楽器を使って音楽作りをしています。
僕は作曲のほか、もちろんヴァイオリンを弾いています。
そしてギターの加藤崇之さんに協力をお願いしました。
やはり自然の風景には加藤さんの美しいギターの音色がぴったりだと思ったからです。
(実は加藤さんはテレビで既にこのドキュメンタリーを見ていたそうで『良い番組だったよ』と言っていました。)

映画の特設サイトはこれから内容を更新していくものと思われます。
東京では5月に銀座シネスイッチで上映開始。
その後、全国で公開が予定されています。
先日試写会に行って来ましたが(シネスイッチではない)、やっぱりデカいスピーカーで自分の演奏を聴けると最高!
このヴァイオリンだれ?作曲はだれ?って思いました、マジで。
どうぞ一人でも多くの方が映画館にいらしてこの作品をご覧いただけます様に!

余談ですが、僕には東京のお父さん・お母さんみたいな人がいます。
ずっと僕を見守ってくれている有難い二人なのですが、映画の作曲の仕事をしたよと言ったら凄く喜んでくれました。
お母さんの方は涙ぐんでいました。
何か大袈裟だなぁと思いましたが、やっぱり“NHKの…”って言うと違うみたいです。
演奏ではNHKの仕事は何度もやっているのですが…。
今回の映画はNHKではなくてNHKエンタープライズだよ!って言っておきました。
とにかくお母さんの方は映画館でも泣くと思います。
もちろん実の両親も喜んでくれるはずです。
普段僕が何をやっているかあまり知らせないのですが、今回は伝えました。

これまで色々な曲を自分が演奏するために作って来ました。
しかし作曲家として依頼を受けて曲作りをしたのはこれが生まれて初めてです。
これからもそう言う機会を頂けると嬉しいです。
今回の仕事がとても励みになりました。

2020年2月10日月曜日

音楽家にとって“真似”とは?

フェルナンド・スアレス・パス、喜多直毅
タンゴヴァイオリンの巨匠・Fernando Suarez Paz氏のレッスン。氏の自宅にて。

じんぼう ―ばう 0【人望】他人から寄せられる信頼・崇拝・期待の念。「―を集める」「―のあつい人」

正直、僕は自分の人望の無さを思い知らされて惨めで情けない思いをすることが多いです。
それに関してはこれまでの行いが悪かったのだろうと思っています。
では心を入れ替えて人望のあつい人になりたいかと言えば、色々と大変そうなので即座になりたいとは言えません。
何が大変って、まず普段からちゃんとしていないといけないし、一人の人間として立派でなきゃならない。
仕事も一生懸命しなければならないし、それなりの結果を出していないといけない。
はっきり言って無理。

人望なんて即座に集まるものではありません。
第三者から見たこれまでの実績とか人に対する態度や言動によって人望は集まるのです。
すなわち自分が『人望のあつい人』になろうと思ってなれるものでもない。
人望が人生の第一目的ではありません。
それが第一目的になっているとしたら、その生き方には他人の目を意識してばかりの嫌らしさを感じます。
人望とはあくまでも他人の評価だからです。
それよりも『誰が何と言おうと自分は好きな事をやって充実している』とか『自分の価値は自分で決める』とかの方が、自律的で良いと思います。

さて本当にごくたまにですが、草むらの中からそっと僕をのぞいていて、密かに評価してくれる人に出会います。
それは極々少人数なのですが。
とても嬉しくなります。
僕はそもそも自己評価が低い自己否定型ヴァイオリニストですので、そりゃ肯定してくれる人に出会えたら嬉しいですよ。

そういう人たちに対して僕はめちゃめちゃ好意的です。
歳の若い人(ヴァイオリニスト)だったら、自分が持っているものを全てプレゼントしたくなります。
食事も奢りたくなる。
上京した人なら家に泊めたくなる。
それと教えるとかではなく、音楽について共に語りたくなる。

正直なところ、あぁ自分に甲斐性があってその人に仕事を回すことが出来たら…と思う。
でもそんなものは無いので、その人の演奏経験やキャリアや経済的なところをお世話することは出来ない。
ここが一番残念なところです。
この歳になったらそういう事が出来て当たり前なのですが。

なんだかんだ言って、仕事のあるところに、直截的に言えば、お金のあるところに人は集まる。
そして人は権力のもとに身を寄せたがる。
それが無いと分かると踵をかえす。
それが人情と諦めつつ、自分には人に分け与え得る何ものも無いので、とても情けなくなります。

一方、わざと僕を無視していると思われる人に気づくこともあります。
興味がなくて無視しているのではなく、意識しつつわざと無視しているのです。
こんなふうに思うのは僕が人一倍自意識過剰な人間だからだと思います。
それと実は僕にも身に覚えがあるのです…。

まずやっている音楽の内容やコンセプト、サウンドから自分と同じ匂いを感じる。
もちろんそんな事を本人や周囲の人々に言ったりはしません。
自意識過剰によるただの妄想だったら相手に失礼だし、僕も大恥をかきますから。
でも勝手に妄想しながら、引き続きその人をこっそり観察します。
そして妄想がただの勘違いと分かったり、僕の見通しが当たったとしても“その人らしさ”が完全に出たら余り観察しなくなります。

一人の音楽家が自分らしさを得る、ワンアンドオンリーになっていく。
その過程にとても興味があります。
『自分を出そう』と思ってもなかなか出せるものではありません。
まずは真似から入るのが普通だと思います。
そして真似と同時に、色々な演奏経験を通して、様々なものを吸収して、その人が形作られていく。
音楽という枠の中だけではなく、人間関係でいろんな事があったり、病気をしたり、成功・失敗を重ねたり。
そういう中で他の人とは違う、その人だけの匂いが出てくるのではないかと思います。
それをこの目で確かめたい。

僕もこれまで多くの真似をして来ました。
他のヴァイオリニストの真似。
そして意識しつつ無視して来たのです(ごめんなさい)。
実は今でも真似したり無視したりしているんですよ。
馬鹿みたいですね。
でもこれはヴァイオリニスト(ソリスト)の気質じゃないかなと思います。

演奏家の真似だけじゃなく、小説や詩や美術や映画の真似もします。
その世界観とか空気みたいなものを真似する。

ある人が言っていました。
誰か(その世界の巨匠とか)の真似をしないようにわざと無視していると、皮肉にもその誰かの亡霊が出てくる。
徹底的に誰かの真似をすると自分自身が現れる。
そりゃ当然です。
オリジナルに忠実でいようと頑張ってもそもそも“人間”が違うのだからコピーになりようがない、必ず“その人”が出てくる。
生きている時間も、心も身体も、考え方も、人生丸ごと全部違うんですから、クローンにはなり得っこないのです。

昔は『自分自身を見つめたり深く掘り下げる事が音楽家には必要』と思っていました。
インタビューでもそう答えた事があります。
確かに自分自身と対峙することは必要だと今でも思います。
しかし最近は自分なんてものは案外空っぽなんじゃないかと思うようになりました。

空っぽでないと何も入って来ない。
では空っぽの中に何が入ってくるのか?
それは他の演奏家から得たアイディアだったり、学んだことだったり、人生経験から得た“味”だったり、幻のような時間感覚だったり。
そして幸運にも天から授かった音楽だったりする。
これらは『自分!自分!』と自分自身に満たされた心には入って来ない。
空っぽにしておかないとスペースがなくて入って来られないのです。

最初の話に戻ると、自分には人望など望むべくもありません。
業界内の政治権力から遠く離れて、平安京から距離のある枯れ野で庵を結ぶ鴨長明みたいな感じでいたい。
松尾芭蕉みたいでもある。
それはそれで良いものです。
『方丈記』みたいな曲を作ろうかなぁ。
今度は鴨長明の真似です。

2020年2月9日日曜日

GTDによる仕事術はフリーの音楽家に効くか?

OmniFocus

仕事をする以上、そこに生じるのが“やらなければならない事=タスク”です。
仕事(プロジェクト)はタスクの集合体・連なりと言えるかも知れません。
その一つ一つのタスクをきっちりこなしていけば、ゴールに辿り着ける(その仕事が無事終了する)。
もちろん思わぬトラブルが発生したりすることもある。
そこで慌てずに今決められているタスクの集まりを俯瞰して、期限をずらしたり延長したりすれば、何とかトラブルが致命傷にならずに済みます。

ひょっとしたらご存知の方も多いかと思いますが、GTDというタスク管理システムがあります。
これはデビッド・アレンという人が書いた『ストレスフリーの整理術』という本による仕事術です。

はじめてのGTD ストレスフリーの整理術
デビッド・アレン

僕は10年くらい前に読みました。
GTDは“Getting Things Done”の略。
とにかく物事を済ませちゃおうぜ、みたいな意味でしょうか。


【GTDのやり方】

《1. 収集》

頭の中にある気になっていること(やらなければならないorやりたいこと)を全て“INBOX”に入れる。
INBOXはパソコンの中に作ったフォルダでも実際の机の引き出しでも段ボール箱でも何でも良い。
とにかく頭の中のものを全てINBOXに入れて、頭は空にする。

《2. 処理/整理》

次はINBOXに入れた“気になっていること”を一つずつ精査して行きます(必ず上から下の順に)。

・それは行動を起こすべきか?という問いを一つ一つに投げかる

- Noの場合、“ゴミ箱”、“いつかやる/多分やる“フォルダ、“資料”フォルダのいずれかに入れる。
- Yesの場合、次にとる行動は一つか、それとも複数かで分ける。

一つの行動で済む
・二分以内で出来ることなら今すぐやる
・二分以内で出来なくて、しかも人に任せたら良いものは『連絡待ちリスト』に入れる。自分でやらなければならないもので、特定の日にやるべきものは“カレンダー”に書き記し、そうでないものは“次に取るべき行動”リストに入れる。

複数の行動を要する
・“プロジェクトリスト/プロジェクトの資料”というフォルダや箱に入れて、さらに行動が一つになるように細分化していく。
例:〇〇ホールでコンサートをやる(複数のタスクが必要)
①メンバーをブッキングする
②会場のサイトを見て利用規約を確認する
③デザイナーにフライヤーのデザインを依頼する
などなど、本当はもっと細々としたタスクが発生するはずですが、とにかく出来るだけ細分化して、一つ一つが余り精神的な負担にならないように分けていきます。
・タスクリストに一つずつ記載し、パソコンやスマホアプリの場合はリマインダーをかけておく。

《3. レビュー/更新》

一日に一回、一週間に一回、月に一回、年に一回。
物事の進み具合や取りこぼし、新たに生じたタスクをチェックして、リストを更新する。
INBOXに新しいタスクが入っていたら、また《1. 収集》《2. 処理/整理》の手順を行う。

《4. 実行》

やる気の低下を防ぐため、小さなタスクの一つ一つを小さくしておき心理的負担を最小限に止める。


ざっとこんな具合です。
GTDなんて言葉を知らなくても、既に同じような流れで仕事をしている方もいらっしゃるかも知れません。

僕は10年前から取り組んでいますが、何度も挫折を繰り返しています!
しかしそのたびに『自分のやり方が間違っていたのではないか?』『もっといいやり方があるのでは?』と再挑戦するのです。
本当はこんな記事を書く資格のない人間なのですが、どうしても書きたかった。
それは何故かというと、フリーの音楽家がGTDを使うメリット・デメリットについて考えたかったからです。
それをこのブログを読んでいる他の演奏家と共有できたらと思いました。

実は僕はGTDを使っても何だか楽になっていないのです。
そもそも仕事量が多すぎるということではないかとも思うのですが、純粋に音楽をやる時間が無い!
一日は24時間。
その中でありとあらゆることを行わなければならない。
その膨大なタスク(多くが事務仕事)が純粋な音楽作りの為の時間・精神的余裕を圧迫しているように感じるのです。

もちろん僕がマネージャーとか制作会社の人間だったら一日中パソコンの前にいたって構いません。
それが仕事なんだから。
しかし僕は本来ヴァイオリンを弾いたり、作曲をしたい人間なのです。

自分でコンサートやライヴの企画制作を行っている演奏家(ライヴハウス系)なら分かると思いますが、僕は一ヶ月に何本もの演奏の仕事をしています。
時期によっては一年後のことを今から計画していたりする。
演奏の仕事だけではなく、作編曲やウェブサイトの更新、フライヤーのデザイン、宣伝広告、リハーサル、ツアーのための主催者との打ち合わせ、レコーディング、沢山のメールの送信、場合によっては映像制作も加わってくる。
難しい曲をやる時は練習をしなければならない。
仕事によっては音源を聴く、DVDを見る、本を読む…も加わる。
その他、家のことやプライベートな用事もある。

とにかく事務仕事に関しては一人ブラック企業みたいですが、周囲の演奏家も恐らく同じようにヒーヒー言いながら仕事をしていると思うので、余り口にして来ませんでした。
でもはっきり言う、ブラック企業です!

こんな状況でも何とか仕事をしていかなければならない。
これまでの挫折経験に基づいて、今は“俺流GTD”に取り組んでいます。
僕は一つのライヴにフォルダを一つ作り、その中にプロジェクトを何個も作っています。

例)
フォルダ“20200415喜多直毅クアルテット@公園通りクラシックス”

◉プロジェクト1-ブッキング

task1-メンバーの空き日を聞く(本番とリハーサル用に)
task2-会場の空き日を聞く
task3-実際の日程をメンバーに知らせる
task4-実際の日程を会場に知らせる
task5-リハーサル用に練習室を予約する

◉プロジェクト2-新曲の作曲

task1-参考にしたい本を読む
task2-テーマを作る
task3-展開部を作る
task4-等々

◉プロジェクト3-広告宣伝(紙媒体)

task1-フライヤーに使用する画像を揃える
task2-デザイナーに依頼する
task3-デザイン案が届いたらチェックする
task4-メンバーにフライヤーを発送する
task5-会場にフライヤーを発送する

◉プロジェクト4-練習など

task1-リハーサルの後、手直ししたい場所を洗い出す
task2-自分用にパート譜を作る
task3-練習をする

◉プロジェクト5-Webでの宣伝

task1-自分のウエブサイト
task2-Facebook
task3-Facebookページ(三つもある!!!)
task4-Facebookイベント
task5-Twitter

◉プロジェクト5-個人へのお知らせ

task1-DMの送り先をリストアップ
task2-フライヤーを送付
task3-メールを送信

こんな感じです。
他にも経理や色々とあるのですが、それは友達がアシスタントを務めてくれているので大助かりです。

以上のタスクを先に述べたGTDのやり方に落とし込んでいきます。
するとやらなければならないことが驚くほど増えます。
本当にびっくりするくらいです。
もうタスクリストを見るのも嫌になります。

喜多クアルテットの場合はこのくらいタスクがあるのですが、これと同時進行して他のライヴもある、作曲もある、宣伝もある…と言った具合なので、完全に全てをこなすのはハッキリ言って無理!だと思うようになりました。
気力体力にも限界があります。
そして最近痛感しているのが、このような事務仕事に忙殺され動員数の維持・向上を目指すことと音楽のクオリティを高めることは必ずしも一致しないってこと。
むしろ反比例することが多い。
最終的には音楽のクオリティを高めることが動員につながるのです。
その増加線はゆっくりかも知れませんが確実だし、話題性とか宣伝で来てくれるお客さんというのは長続きしないもの。
これはどんな仕事にも言えることだと思います。

例にあげた喜多カルテットのプロジェクトを眺めると、純粋に音楽作りと言えるプロジェクトは
◉プロジェクト2-新曲の作曲
◉プロジェクト4-練習など
のみです。
これは何だか寂しい。

音楽って、ずっと音楽の中で生活していないと感覚が鈍るのですよ。
喜多クアルテットのライヴがもう間近だから作曲に取り掛からなきゃ!と思って、数ヶ月ぶりにピアノに向かっても楽想はなかなか出てきません。
それは練習を何週間もしていないと楽器が下手になっているのと同じです。
僕は最近シンガーソングライターライヴもやっていますが、いつも歌詞のことを頭の片隅に置いていないといざ歌作りにとりかかっても何も降りてきてくれません。

齋藤徹さんが即興演奏のワークショップで言っていたこと、それは『普段の生活の中で“パイプ掃除”をしておくことだ』ってことでした。
音楽と繋がるパイプの掃除。
ご自宅にお邪魔すると、いつもシコ・ブアルキやヴィオラダガンバのCDがかかっていました。
もちろん徹さんのセレクションですから、月並みなものではありません。
普通に話している時も食事の時も、常に音楽が流れている家でした。
あれはパイプの掃除だったのかも知れません。

ずいぶんGTDから離れてしまいました。

とにかく自分の処理能力をオーバーしている事務仕事は捨てた方が良い。
それが作詞作曲編曲の妨げになる程量が多いなら。
或いは多少先延ばしにしても良い。
そして音楽の神様はGTD通りに降りてきてくれません。

GTDをやるのは良いし、物忘れを防ぐ上で効果があります。
でもGTDに飲み込まれると肝心の音楽が疎かになることがある。
なぜなら毎日ピンポンピンポンとアラート音がなり響き、『〇〇さんにメール打て!』とか『〇〇さんに電話しろ!』とか言ってくると、もうそれだけで予定に追いまくられてどうも音楽が後回しになってしまうから。
アラートを無視していることも可能ですが、やっぱりヴァイオリンを弾きながら『あー、あれを今夜中にやらなきゃならない』とか考えてしまう。
要するに音楽家ではなく事務員のような心と身体になっているのです。
俺は音楽家だ!
やっぱりほどほどに付き合うのが良いのだと思います。

と言いつつ、最後に僕が試している(試した)いくつかのソフトウエアを紹介します。

まずはMacのGTDソフトの大定番、OmniFocus3。
これはGTDを考案したデビッド・アレンが監修したソフトです。
iOS版もあってMacと同期出来ます。

OmniFocusはiPhone/iPad/Apple Watchでも使えるぞ!

iPhoneやiPadではGPS機能を使ったリマインダーも装備。
例えば自宅というタグをつけておけば、自宅付近に近づいた時『〇〇のタスクをやりなさい!』ってお知らせしてくれます。
難点はMacのカレンダーと連動していないところ。
OmniFocus2では何とか可能だったのですが、OmniFocus3から出来なくなりました。
それと何日から何日までに〇〇をするというタスク表示が出来ない。
OmniFocusはそういう目的で作られていないからでしょうけど。
これをやるなら後述するガントチャートアプリのOmniPlanでやった方がよいのでしょうが…。
それとフォルダとか親タスク・子タスクみたいに、プロジェクトやタスクを階層化すると、ちょっと分かりにくい表示になってしまいます。
iPhoneでOmniFocusに入れた一つ一つのタスク表示させると、一体このタスクは何のためのタスク?ってことになるのです。
所属フォルダとか所属プロジェクトは一応小さく表示されてはいるんだけど、視認性は低いです。
でも今のところこのソフトが一番僕には馴染んでいます。


その次、Todoist。

Todoist

このソフトはWindowsでも使えます。
僕もしばらく使ってみました。
便利なのはGoogleカレンダーと双方完全同期出来るところ。
何日から何日まで毎日と入れると、カレンダーで帯のように表示されます。
他にポモドーロテクニックのアプリとも連携できます。
しかしこのソフト、どうもUIと操作性が気に入らず、今は使っていません。


Thingsも使ってみました。

Thingsはシンプルで可愛い。

デザインは良いけど、結局OmniFocusに戻ってしまいました。
使い勝手は良いです、シンプルで。
やっぱりOmniFocusは結構高かったからってのもあるかも。
高いお金を払って買ったんだから使い倒したい。


OmniPlan。

OmniPlanです。全然使いこなせない。

これはタスク管理ではなく、色々な仕事の流れを横棒のグラフにして俯瞰できるアプリです。
一つのコンサート/ライヴを計画して実行するまでを時間軸で予定立てることが出来ます。
経費の計算やスタッフの作業時間に基づいたスケジュールプランニングも可能。
プロ版だと異なるプロジェクトの進み具合を並べて見ることも出来るので、日程をずらしたり仕事量を調節し、負担を抑えながら仕事の計画を立てることも出来る優れもの。
カレンダーソフトにも書き込むことが出来ます。
ただプロ版はめちゃめちゃ高いっす。
僕もプロ版を購入したのですが、全然使いこなせず放置状態…。
今年は少しずつ使えるようになりたいです。


最後の最後に。
今回の記事では事務仕事のせいで音楽が出来ない!と訴えているように感じられる方もいらっしゃるかも知れません。
実際、それは事実なのですが、一方で本当に事務仕事のせいか?とも思う。
大きな素晴らしい仕事を行っている音楽家は事務処理にも長けていたりする。
それと僕は人一倍怠惰な人間でもあるのです。
じゃがりこ食いながら特捜最前線を見るのが好きなのです。

2020年1月29日水曜日

ヴァイオリンの演奏技術と練習について

ここ一、二年、いやそれよりもっと前からヴァイオリンの演奏技術を何とかしたいと思っています。
もちろん改善すると言う意味です。

昔は無意識に出来ていたこと、簡単だったことに躓きを感じたり、うまくいかなくなっていることに気付いて愕然とすることがあります。
かつて得意だった曲が不得意科目になっているのだから情けない。
『昔はあんなに弾けた』と言ってもそれは過去の栄光にしがみついているのであって、今は出来ていないのだから仕方がありません。

実は最近、ヴァイオリンスタンドを買いました。
ヴァイオリンと弓を立てておけるやつ。
弱音器や松脂も載せられます。

僕の仕事の80%はデスクワークなのですが、仕事机の横にこのスタンドを置きました。
載せてあるのは安い練習用のヴァイオリンです。
弓も安いやつ。
二つとも安物なのでケースに入れないまま真夏でもそこに置いてあります、本当は楽器には良くないんだけど。

このような状態でヴァイオリンを置きっぱなしにしておくと、デスクワークの合間にちょっとだけ弾いたりできるのです。
手を伸ばせばそこに楽器があるから便利。
いちいちケースから取り出す手間もない。
壁に立てかけたギターのように気軽に弾けます。

良く使う練習曲集のPDFをネットからダウンロードしておいて、モニターに表示させておく。
こうするとちょっと弾いてデスクワークに戻れる。
でも書き込みしにくいのが難点(不可能ではない)。あああ、iPad Pro欲しいぜ!

そんなにガッツリとは弾きません。
例えばセビシックの指練習を一小節だけとかカール・フレッシュの一つの調の分散和音だけとかゴラのヴィブラートの練習の一つだけとか、とにかく短いのをちょこちょこさらう。
仕事の合間にコーヒーを飲んだりタバコを吸うような感じです。

こんな練習は本当は良くないのかな。
ちゃんとメインの楽器で譜面台の前に立って練習するべきかも知れません。
コンチェルトとか難しめの小品とか何時間も。

でもそんな練習の後に夜のライヴに行くと、大抵昼間の練習で疲れ果てていて良い演奏ができないのです。
デスクワークに戻ったとしても既に練習で集中力を使い果たし使い物にならない。
そのままベッドに直行して全てを怠けてしまう。
これじゃあダメだ。

これから先、長く故障せずに弾き続けるにはこう言うスローな練習の方が良いんだろうな。



さて、先日、どうしても解決できないテクニックの難題があって、SNSを通して知り合ったヴァイオリニストに見てもらいました。
オンラインレッスンです。
「本当は直接会ってレッスン出来ると良いんですけどね〜」とおっしゃいましたが、良いアドバイスを頂けて感謝!
もちろんヴァイオリンの演奏には細やかな筋肉の動きが必要で、実際に先生に腕や手を触って力みや脱力具合を見てもらう必要があるのです。
しかしその方は東京以外にお住まいなので、こう言うレッスンとなりました。

なぜこの方に相談したかと言うと、まずネットに上げてらっしゃる演奏動画の左手のフォームが綺麗だと思ったからです。
結構近くから指や手の動きが見える動画です。
ヴィブラートの手指の動きが柔軟で淀みなく、あーこれは素晴らしいと思いました。
もちろん右手のボウイングもしっかりとした基礎が感じられるし、ポップスの演奏では前々回の記事に書いたようにアタック感もある。
ついこの前はラロのスペイン交響曲の動画もアップされていて、「かっけ〜!」と思いました。
クラシックもしっかり弾けてゲストコンマスの仕事もたくさんなさっているし、演奏の指導もしていらっしゃいます。
僕は教える仕事は殆どしたことがないので何のメソッドもないのですが、普段から指導をしている方ならちゃんと基礎技術の体系がある人だなと思ったのです。

さて、その方がレッスンの終わりに『で、喜多さんはこれが出来るようになって何をしたいんですか?』と聞いてきたのです、真剣な眼差しで。
正直ドキッとして狼狽えました。

それを説明できる言葉をまだ持っていなかったのです。
その技術を習得できるようになれば、表現が豊かになる。
声の色彩が広がる、言葉のボキャブラリーが増える、絵具が増える。
それによって自分の中のファンタジー・思い・内なる音楽をより正確に描くことが出来る。
(内なる音楽って、まだ演奏される前に自分の中に鳴っている音楽のことです。)
そしてその音楽は聴く人を異界へ誘い、魂を揺るがして一瞬を永遠にする。
そんな風には考えていたのです、ぼんやりと。

正確さ。
それは自分の中に響いている音をしっかりと演奏の上で表現すること。
小説家の高樹のぶ子さんが中学生を相手に語った話を舞台袖で聞いていて、とても心に残ったのが『言葉を正確に用いること』のお話。

例えば『悲しい』って言葉があるでしょ?
だけど『お小遣いを減らされて悲しい』と『テストで悪い点をとって悲しい』と『友達に喧嘩して悲しい』と『お母さんが死んじゃって悲しい』の“悲しい”は全部違う。
ただ安易に“悲しい”で済ませちゃうんじゃなくて、その気持ちをもっと正確に表す言葉を探さなきゃならない、日本語はこんなに豊かな言葉なんだから…ってお話だったと記憶しています。
それが文学の始まりなのだそうです。

これ、音楽にも当てはまりますよね?
内なる音にまず耳を澄ます。
けれど出そうとしている音・出した音が本当にそれで良いのか?
内なる音に正確かどうか?

同じスラーでもスタッカートでもテヌートでも、コンテキストによって本当は様々なニュアンスがある。
そのピアニシモは、本当にそのピアニシモで良いのか?
そのクレッシェンドは内なる音に正確か?

この正確さのために必要なのが演奏技術だと思います。
そして素早く身体が反応出来るようにするためにも動作が身体に染みついてなければならない。

今はこのように文章にしていますが、その時は上手く答えられませんでした。
不意を突かれたように投げかけられた問いでしたが、『不意』の時に言葉って出ない。
気持ちや思考って普段から頭の中で良く反芻して、蒸留しておかないといかんと気付かされました。
僕はごくたまーにラジオに出たりインタビューを受けたりしますが、ちゃんと正確に思っていることを伝えられずいつも悔しい思いをしています。
これも同じ理由。
演奏にも言葉にも、やっぱり大事だな、正確さって。

さて、実はこの方は僕より歳下なのです。
確かに先生が歳下だと教わることに抵抗がないわけでもないです。
女性だと余り抵抗もありません。
他の習い事の先生は年下の女性で、とても楽しくレッスンを受けていました‥。

ところが男同士だとちょっと二の足を踏む。
その方は歳下の男性なのです。
だから向こうも年長の僕に教えるのは抵抗がおありだったのではないかと思います。
仕事をしている音楽分野は全く違うので大丈夫かなと思ったのですが、とにかくお引き受け下さったので良かったです。

思うに30代になるともう歳は余り関係なくて、大事なのは何を経験してきたかじゃないかと思います。
その方がヴァイオリニストとして経験を通して体得してきたものは僕にはないし、その逆も勿論ありうる。

ヴァイオリニストの全員がヴァイオリン音楽や技術を100%知っているわけではない。
知っていても多くて30%~40%、いやもっと少ないかも知れない。
しかしAさんが知っている30%とBさんが知っている30%はそれぞれ違う。
Aさんが知らない部分をBさんがカバーしているかも知れませんよね。
皆んな何かを知っていて何かを知らない。

だから歳をとってヴァイオリンが弾けなくなる前に、或いは少しでも長く弾いていられるためにも、自分が知らないことは知っている人or知っていそうな人に聞いておこうと思います。
僕も誰かに教えてくれと頼まれたら、教えられるようにしておきたいと思います。


ヴァイオリン弾きのヘルツォヴィッチ / エヴァ・デマルチク

詩:オシップ・マンデリシュターム
曲:アンジェイ・ザリツキ
編詩:エヴァ・デマルチク



その昔 ヘルツォヴィッチという
ヴァイオリン弾きがいた
楽譜もなしに暗譜で奏で
シューベルトを弾きこなす
まるでダイヤモンド 奇跡のきらめき。

くる日もくる日も 朝から晩まで
トランプのように習い覚えた
永遠のソナタ一曲
いつまでもいつくしんだという 宝物のように。

どうした、ヘルツォヴィッチさん
窓の外には闇と雪…
いいかげんになさい ヘルツォヴィッチ!
人生なんてそんなもの 違うかね?

マロースが軋み唸っているうちに
ジプシーのアコーディオン弾きが
シューベルトを追いかけて
橇の跡をつけるがいいさ。

愛しい音楽があれば
突然の死も怖くはない
あとは…鴉の毛皮外套みたいに
ハンガーにぶらさがるのさ

だいぶ前から ヘルツォヴィッチさん
雪が何もかも転がしちまった。
いいかげんになさい ヘルツォヴィッチ!
人生なんてそんなもの 違うかね?

その昔 ヘルツォヴィッチという
ヴァイオリン弾きがいた
楽譜もなしに暗譜で奏で
シューベルトを弾きこなす
まるでダイヤモンド 奇跡のきらめき。

2020年1月28日火曜日

今週木曜日(1/30)はシンガーソングライターライヴ with 加藤崇之さん


この前『青空』と言う歌を作り、自分で歌ったものをYouTubeやSNSに載せてみました。
多くの方にご覧頂けて嬉しいっす!

この歌は自殺した人が天国で思っている事・見ているもの等を歌詞に散りばめています。
メロディが最初にあって、後から歌詞を付けました。
案外サッと出来ちゃった曲です。

身近な友達も聴いてくれて感想を言ってくれました。
「案外自殺したい人って多いのかもね。」
その友人が自殺したがっていると言うわけではありません。
しかし普通に生活していて、そこそこ楽しそうに見えて、特に大きな悩みも無さそう…。
そんな人がふっと自殺してしまう、なんてことがあるのかも知れません。

またつい先日別な友達と食事に行き、この歌の話になりました。
実は僕自身、この歌が好きでたまに無性に聴きたくなります。
そしてYouTubeとかSoundCloudにアップしたものを聴いてしまいます。
そうするとマンションの屋上にフラフラッと登って、何か薬でも飲むみたいに飛び降りてしまいたくなるのです。
生に対する執着を忘れる。
そして天国が隣の駅にあるみたいに、簡単に行けそうな場所に思えて来る。

その友達もやはり頭の中にこの歌が流れることがあって、フラフラと向こうの国へ行ってしまいそうになるそうです。
慌てて頭からこの歌を振り払うそうです。
変な霊に取り憑かれて作っただろと言われてしまいました。
良く分かりません。

でも僕は後からこの歌の別な意味を知りました。
何度も聴きかえすうちに感じたことです。

世の中には色々な環境で生きている人がいますよね。

大きな重荷、例えば病気や借金などを背負っている人がいる。
取り返しの付かない失敗をしてしまった人がいる。
誰かに裏切られたり、深く傷つけられた人がいる。
頑張っても頑張っても一度つまづいたら二度と挽回できない…、そんな状況にあって力を落としている人がいる。

でも、重くのしかかるものに潰される前に、一度空から自分を見てみようぜ、悩みを見てみようぜ。
そしたら何か違う景色が広がるかも知れない。
違う見方が生まれるかも知れない。
見方や考え方が変われば、生き方も変わるかも知れない。
もっと肩の力を抜いてみないかい?

自分が『私はこうでなきゃならない』と言うこだわりや『こうじゃなきゃ生きてる資格・価値がない』なんて条件は、一度歌の中の鞄やネクタイと同じように駅のゴミ箱に捨ててみる。
『〇〇な僕・私は不幸』って考えも。
そうするとものの感じ方や考え方が変わり、とらわれみたいなものもなくなり、心が晴れるかも知れません。
現実は何も変わらなくても、少しは元気が出たり楽になったりするんじゃないでしょうか。

こんなことをこの歌から教えられました。
自分で作った歌なのに作り手の僕が教えられるなんて本当に不思議です。
自殺の歌、とも取れるけど、でもそれだけじゃなかったのです。

さて今週木曜日の夜、西荻窪でシンガーソングライターライヴを行います。
ギターは加藤崇之さん。
超贅沢!

これまでに作った歌を自分の声で歌います。
もちろん『青空』も歌います。
どうぞお越しください!

喜多直毅シンガーソングライターライヴwith加藤崇之(gt.)
喜多直毅シンガーソングライターライヴwith加藤崇之(gt.)

2020年1月30日(木)with 加藤崇之(ギター)
内容:喜多直毅オリジナルソング
日時:2020年1月30日(木)18:30開場/19:30開演
会場:音や金時(西荻窪)
   東京都杉並区西荻北2-2-14喜志コーポB1
   03-5382-2020
料金:¥2,500+オーダー

予約:必要ありません。そのままお越し下さい。 

2020年1月27日月曜日

喜多直毅『兄と妹』・アルバム“Viohazard"とヴァイオリンポップスについて。

中国の動画サイトに違法アップロードされている僕のオリジナル曲『兄と妹』です。
非古典系提琴选辑 喜多直毅 02 - 兄と妹
(CMが終わったら曲が始まります。)
ギターは伊藤芳輝さん、アコーディオンは佐藤芳明さん、パーカッションはクリストファー・ハーディさんという贅沢なメンバー。

この曲はViohazardというアルバムに収録されています。
VIOHAZARD / 喜多直毅(AIRPLANE LABEL STORE)

VIOHAZARD / 喜多直毅
APX1003 / AIRPLANE LABEL STORE
¥2,640円(税240円)

実は最近このアルバムに対して僕の中で何かの“高まり”を感じています…。
自分で自分のアルバムを再評価するって変ですが、しかしこれまで作ってきた作品の中でも一際異色のこのアルバムが何だか気になっているのです。
今聴くと、一曲一曲、結構しっかりアレンジされていて面白い。
『若者、頑張ってるじゃん!』って思います。
録音したのは2006年ですからもう14年前。
うわっ33歳の時だ!
タンゴから少しずつジャズとか他のジャンルに手を出し始めた頃です。

近頃取り組んでいる音楽(喜多直毅クアルテット、タンゴトリオ、黒田京子さんとのデュオ、即興演奏)とはお客さんの層が違うかなと思って、暫くライヴ会場での販売はしていませんでした。
でもこれからは会場に持って行くようにします。

さてこの動画、今までにSNSで何回もシェアしています。
何故かというとヤギを触ってる画像が使われているのが面白いから。
他のヴァイオリニストのは皆んなカッコ良いアーティスト写真なのに、僕のだけ子ども動物園でヤギを触ってるただのスナップなのです。
面白れー。

ヤギとの触れ合い ~1~
スロバキア・トレンチンにて
とても人懐っこいヤギで「もっと撫でろ」と頭突きしてくるのでした。

ヤギとの触れ合い ~2~
近所のこども動物園にて
愚鈍な感じのヤギ。まるで無反応。カメラを見てくれなかった。

このように追加でヤギとの写真を載せておくと、また中国の違法サイトが使ってくれるかも知れません。

ところで「今頃気づいたの?」と言われそうですが、この曲ってヴァイオリンポップスなのでは?
曲調が、です。
今でこそ、こういう曲は弾いていないし作っていないのですが、葉加瀬太郎さんとかが弾いててもおかしくないような感じがする(別に真似して作ったわけではありません)。
そうか、自分はポップスの人だったんだ!と知ってビックリです。
Jポップはたまに聴いているのですが、ヴァイオリンによる完全インストのポップスって殆ど聴かずに来ました。

それはともかくポップスのヴァイオリンには専門的な弾き方が存在するようです。
僕の印象からすると、レコーディングでクリックにちゃんとタイミング良く合わせて弾く為に、音の出だしの発音に少しアクセントがつけてある。
アタックが強め。
今のレコーディングでは曲の中でコンピュータの打ち込みと生の弦セクションが共存しており、発音のタイミングも音程もデジタルな感じ。
そうでないと打ち込みと合わない。
もちろん音程も正しくないと使い物になりません。

実は僕は自分の発音がそれほど好きではなく、何だかフワッとしていて嫌だなと思うことがあります。
それはボウイングによるものなのですが、もう少しスクエアで鋭角的な感じが欲しい。
自分のは曲線的に聴こえる。
例えば今回リンクしてご紹介した『兄と妹』の頃はまだスクエアに弾けていた方。
今はもうこんな風には弾けないかも知れません。

最近楽譜作成ソフトを使えるようになったので、『兄と妹』の楽譜を作ってPDF化し無料ダウンロードできるようにしようかな。
誰かもっとスクエアに弾いてくれないだろうか…。
僕はもう殆ど弾かなくなりました。
前述の伊藤芳輝さん(gt.)とのライヴくらい。
でも一年に一回あるかないかです。

Jポップのサポートやレコーディングを良くやっているヴァイオリンの友達が言ってたんだけど、こう言った音楽のストリングスチームに入るにはアタック強め&スクエアな弾き方とノリを覚えないといけないんだそうです。
打ち込みとガッチリ合わせられるように。
最近のアップテンポの曲のストリングスを聴くと、急発進・急ブレーキ・急カーブを自在に行いますよね。
しかも足並みが揃っている。
こういうのが出来ないとダメなのです、きっと。

僕には出来ないかも。
前に先輩から誘われてストリングスチームの録音に行ったんですが、出来ないことばかりで冷や汗でした。
それからしばらく後、有名な某弦楽器奏者からやはりストリングスの仕事に誘われて、でも出来なさそうでお断り申し上げました…。

でもたまにはこう言うのもやってみたら面白いのかも知れません。
今の自分の弾き方と全く違う。
ノリも違う。
ボウイングが違うんだろうなぁ。

そしてアドリブの感じも違う。
僕はすぐにコードから逸脱したり、ノイズに持って行きたくなる。
そういう性分なのでしょう。
では普通にコードの中でアドリブをするにはどうしたら良いんでしょうね。
それはそれで僕には案外難しい気もします。

こういうポップスのヴァイオリン、様々なサウンドの引き出しの一つとして持っていても良いかも。
でもどこで披露するのだろうか!?
情熱大陸とかめちゃめちゃ下手だったりして。

あ、『兄と妹』に似た傾向の曲で『新宿』っていう曲もあるのです。
レコーディングもしていないし、ライヴでも殆ど弾いていません。
雰囲気は刑事ドラマっぽい。
ヘリが飛んだり、首都高を走る車のテールランプ、都会の人間模様が見えたりする。
レコーディングしたらガッツリ音圧上げたい曲です。

この曲はポジションの移動が多くて難しいので封印しました。
でもPDFで楽譜を配布したら上手な人が弾いてくれるかな。
アタック強め、発音が明瞭、スクエアな感じ、音程が正確って、俺にないものばっかりじゃん!
情熱大陸から練習しよう。

2020年1月21日火曜日

今週末1/24,25は喜多直毅クアルテット!!!

生まれて初めて、というわけではないのですが、何十年ぶりにパソコンで音楽を作ってみました。
Sibeliusというソフトです。


パソコンの五線紙に一個一個音符を打ち込んでいく作業はなかなか根気が要りました。
それに分からないことだらけで、Facebookで訊いたりサポートに問い合わせたりしました(教えてくれた皆んなありがとー!)。
手で書けば一瞬で出来ちゃうようなこともどうやったら良いか分からなくて、ネットや本で調べたり。

しかし反面楽しくもあって、自分はパソコンで音楽を作る作業をすることがそんなに嫌いではないのではないか?と思いました。

僕の周りの演奏家は10人に7人がfinaleやSibeliusを使って作曲しています。
作曲家はもはや手書きで書いている人はいません。
20年以上も前から徐々に楽譜作成ソフトで作曲をする人達が身近に増え出しました。
「今頃使い始めたの!?」と言われそうですが、確かに僕は遅い方かも。
最近ある演奏家に僕の手書きの楽譜を渡したら、「パソコンで作った楽譜はありませんか?」と言われました。

さてこのソフトを使って感じたこと、多々ありました。
良い面も悪い面もある。
悪い面は自分のせい、または自分が気をつけなければならないこと。

パソコンで曲を作る際に感じたメリット:
1. 複雑な楽節を自由自在に編集出来る(調を変える、担当する楽器を変える、等)
2. 曲の構成を自由に変えられる
2. その複雑な楽節を曲の他の位置にコピペ出来る
3. 作った部分をそれぞれの楽器の音色で再生して確認できる
4. 一つの旋律のリズムや音高を即座に反転させ、新しい旋律として使える
5. 楽譜の見た目が綺麗で視認性が高い

手書きで作っていた頃は、曲の前半や中盤に複雑な箇所を作って、後半にも移調して再現させたい場合など大変でした。
音符が多かったりすると書く作業だけで心が折れそうになる。
頑張って書き終えても気に入らなくなると、またゼロからやり直し。
曲の他の場所に差し込んでみたら?と思っても、やっぱり手書きしなければならず、それだけで嫌になってしまう。
結局、移調は諦めて、再現させたい部分をコピーしてハサミで切ってノリで貼る、とかしていたのです。
構成の編集が本当に大変。
作曲からのストレスは半端ないものがありました。

それと僕の作る手書き譜面は本当に見にくくて、弾いてくれる人に迷惑をかけていたと思います。
間違いも多いし、上の段の8va bassが下の段の8vaに見えたりする。
曲の最後の4小節のために1ページだけ増えていたりする。

パソコンのおかげでこうしたことがかなり減りました。

しかし良い面ばかりではなく、ダメな面も…。
1. 簡単なメロディをササッと書けない(多分慣れていないから?)
2. コピペに頼り過ぎてミニマルミュージックっぽくなり過ぎる
3. ライヴなどで生身の人間が弾く為に作っている曲なのに、ついパソコンで再生した時の出来栄えを目標にしてしまう
4. 再生音に耳が慣らされて、実際に弾いた時のサウンド(倍音や良い意味での“ずれ”がある)を忘れがちになる
5. 隙間があると仕事をした感じがしない
6. 隙間にこそ生の演奏が込められるものがあり、それを忘れてしまう
7. フルスコアから生成したパート譜を読みやすくレイアウトし直さなければならない

こんな感じです。

便利な部分も多々あるのですが、気をつけていないと失ってしまいそうなものも多いと思いました。
例えば昔の大作曲家は音楽作成ソフトなしで素晴らしい作品を書いていたわけです、当たり前ですが。
書く前から全部のパートが頭の中に鳴っていた、構成も明確にあった、理論知識も豊富だった…等々、ちょっと頭が尋常ではない人しか作曲家として仕事が出来なかった。
それと霊性みたいなものも現代人以上にあったのではないか…と思います。

こういう部分を忘れずにいないと…って思いました。

先日リハーサルで実際に演奏してみました。
最初、何回か繰り返して演奏していくうちに段々音楽になってきた。
これこそ演奏者の力!と思いました。
自分の作った曲ですが、演奏するとやっぱり率先して壊しにかかる。
他の三人も曲に慣れて、もっとぶっ壊しにかかってくれるでしょう!
曲にミサイルを撃ち込む、火をつける、泥靴で踏みつける…。
これが出来るのが喜多直毅クアルテットです。
結局手で書こうがパソコンで書こうが同じなのでした。
全く別だと困るのです。

ただ作曲する上での様々なストレスから解放されたのは確か。
Sibelius様々です!


今週末はこの喜多直毅クアルテットのライヴが渋谷・公園通りクラシックスで行われます。
1日目の24日は喜多カルにしては珍しい平日夜の公演。
これまで土日の公演がほとんででしたが、案外平日夜しか来られない方が多いと分かりました。
そんな方も是非お越しください!

喜多直毅クアルテット二日連続公演~沈黙と咆哮の音楽ドラマ~
January 2020


喜多直毅クアルテット:喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン)三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス)
2020年1月24日・25日@公園通りクラシックス
喜多直毅クアルテット
Violin&Music:喜多直毅/Bandoneon:北村聡/Piano:三枝伸太郎/Contrabass:田辺和弘

喜多は音楽を、様々な思いが封じ込められた人間の「胸郭」になぞらえる。挫きの記憶、とぐろを巻くやるせなさといった、いわば負のエネルギーが詰まった鳥籠のごとき胸郭。だがこの負のエネルギーほどその人間の個性を端的にあらわすものはない—喜多の表現の要である。

文章:伏谷佳代(『JazsTokyo』No.257より抜粋)

【喜多直毅クアルテット】
2011年、ヴァイオリニスト喜多直毅によって結成された四重奏団。演奏される楽曲は全て喜多のオリジナル作品であり、その出自とも言うべきアルゼンチンタンゴからフリージャズ、即興演奏、現代音楽まで、様々な要素を呑み込んで再構築された、比類なき音楽である。ロシア音楽を彷彿とさせる濃厚な旋律と共に、日本の伝統音楽に通ずる“間”の感覚を併せ持った彼らの音楽は、その深い精神性を高く評価されている。
4人のメンバーはそれぞれの楽器における国内屈指のタンゴ奏者と目されつつ、卓越した実力により、ジャンルを超えてシーンの最先端で活躍している。この4人においてこそ実現する超絶なる表現が、聴衆の気魂を揺さぶり“ドゥエンデ(Duende)”を呼び醒ます。

出演:喜多直毅クアルテット
   喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)
   北村聡(バンドネオン)
   三枝伸太郎(ピアノ)
   田辺和弘(コントラバス)
内容:喜多直毅オリジナル作品

日時:2020年1月24日(金)19:00開場 19:30開演
   2020年1月25日(土)14:30開場 15:00開演
会場:公園通りクラシックス(渋谷)
   〒150-0042東京都渋谷区宇田川町19-5
   東京山手教会B1F
   03-6310-8871
   ※JR・東京メトロ・東急線・京王井の頭線渋谷駅下車徒歩8分

◉入場料:どちらか1日分のご予約¥4,000
    2日連続予約¥7,000(1月24日のご来場時に¥4,000、翌1月25日に¥3,000を申し受けます)
    当日(両日とも)¥4,500
 
●2日連続予約は1月23日までにお願い致します
●1月24日に翌日1月25日のご予約を頂いた場合は¥4,000を申し受けます。
・メールでのお申し込み:violin@nkita.net(喜多)
 メールタイトルは「喜多クアルテット1月予約」、メール本文に「代表者氏名、人数、連絡先電話番号、ご覧になりたい日付」を必ずご記入の上、お申し込みください。
・電話でのお申し込み  Tel:03-6310-8871(公園通りクラシックス)
●小学生以下のお子様はご入場頂けない場合がございます。

喜多直毅クアルテット:喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)北村聡(バンドネオン)三枝伸太郎(ピアノ)田辺和弘(コントラバス)
俺の曲を壊してくれるナイスガイ達!!!
(2020年1月20日@松本弦楽器)