2019年11月8日金曜日

11/16おとがたり『太宰治/人間失格』公演@成城・第Q藝術

おとがたり:長浜奈津子(朗読)喜多直毅(ヴァイオリン)
おとがたり:長浜奈津子(朗読)喜多直毅(ヴァイオリン)

11/16は俳優座女優の長浜奈津子さんと太宰治『人間失格』の朗読会を行います。
会場は成城学園の第Q藝術。

今年4月に奈津子さんと石川啄木の『一握の砂』と『ローマ字日記』を題材にした朗読会を行いました。
かなり尖った作品となり個人的に大満足。
奈津子さんも本番では何かが取り憑いたかの如きパフォーマンスで、予想を遥かに超える凄いものが誕生したと思っています。
この世界観でもっと作品作りがしたいと思いました。
しかし今回の『人間失格』、稽古を重ねるほどに啄木の世界観と地続きとは行かないと思い知らされています。

啄木の言葉にも、太宰の言葉にもあるノイズを感じる。
擦過音的なサウンド。
しかしその温度や湿度や重量や速度は全く違い、啄木のが刺し貫く痛みとすれば太宰のは鈍痛です。
音楽でもそう言う“痛み”を出せたらと思っています。

さてさて長いのですが、小説から好きな箇所を引用します。
主人公・葉蔵が中学校のクラスメイトの竹一を自宅に呼んで画集を見せた時の話です。
葉蔵は絵が好きで自分でも描いていました。
竹一は“ちょっと頭の弱い子”とされており、葉蔵は半分彼を馬鹿にしていました。
ところが葉蔵は、周りの気を引くためにわざと道化を演じているのを竹一に見抜かれてしまいます。
それからと言うもの、わざと竹一に親切にしたり家に呼んだりしておもねるのです。

いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。
それは、ゴッホの例の自画像に過ぎないのを知っていました。タッチの面白さ、色彩の鮮やかさに興趣を覚えてはいたのですが、しかし、お化けの絵、だとは、いちども考えた事が無かったのでした。
「では、こんなのは、どうかしら。やっぱり、お化けかしら」
自分は本棚から、モジリアニの画集を出し、焼けた赤銅のような肌の、れいの裸婦の像を竹一に見せました。

竹一は眼を丸くして感嘆しました。
「地獄の馬みたい」
「やっぱり、お化けかね」
「おれも、こんなお化けの絵がかきたいよ」
 あまりに人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、おそろしい妖怪を確実にこの眼で見たいと願望するに到る心理、神経質な、ものにおびえ易い人ほど、暴風雨の更に強からん事を祈る心理、ああ、この一群の画家たちは、人間という化け物に傷めつけられ、おびやかされた揚句の果、ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、見えたままの表現に努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」をかいてしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、涙が出たほどに興奮し、「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。

自分は、小学校の頃から、絵はかくのも、見るのも好きでした。
けれども自分は、竹一の言葉に依って、自分のそれまでの絵画に対する心構えが、まるで間違っていた事に気が附きました。美しいと感じたものを、そのまま美しく表現しようと努力する甘さ、おろかしさ。マイスターたちは、何でも無いものを、主観に依って美しく創造し、或いは醜いものに嘔吐をもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、表現のよろこびにひたっている、つまり、人の思惑に少しもたよっていないらしいという、画法のプリミチヴな虎の巻を、竹一から、さずけられて、少しずつ、自画像の制作に取りかかってみました。
 自分でも、ぎょっとしたほど、陰惨な絵が出来上りました。しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、仕方が無い、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、さすがに誰にも見せませんでした。


もしかしたらお化けは醜悪でも何でもない。
お化けはお化けであり、本人にとって美醜は本質ではない。
多分、見る人が感じるだけのこと。
ただお化けを強烈に激しく感じることによって、人間は尋常ならざる生を得るのだと思います。
音楽も一緒。

引用の通り、葉蔵は子供の頃、素晴らしいお化けの絵を描いたのですが成人してからは描かなくなってしまいました。
お化けの代わりに漫画や春画の写しを描いていたのです、アルコールに溺れながら。
しかし彼は落ちぶれの身でありながら、ことあるごとに周囲の人に『あのお化けの絵を見せてやりたい』と言う欲求にかられる。
そうすれば自分を理解させられると信じているのです。
或いは『もう一度生きられる!』と思ったのかも知れません。
でも見せられる絵はない。

それではダメなのです。
今のお化けを描かないと。
そして描き続けないと。
お化けの絵を描かずに何年も過ごし、葉蔵はついに破滅してしまうのでした。

この小説も太宰にとってはお化けの絵だったのだと思います。

今回の朗読会では上に紹介した場面も登場します。
長浜奈津子さんと一緒に作り出す朗読とヴァイオリンの世界。
あなたもあなたの中のお化けを見に来ませんか…?
お待ちしております!

【太宰治『人間失格』~道化と狂気のモノロギスト~】

『自分は、しばらくしゃがんで、それから、よごれていない個所の雪を両手で掬い取って、顔を洗いながら泣きました。』

真実と虚実の谷間を彷徨う男一人。
虚ろな目に映るのは、過ぎ去っていく一切…。

東北の田舎の裕福な家庭に生まれ育った葉蔵。厳格な父の存在と使用人による性的虐待が、彼の心に初源的な無力感と対人恐怖を植え付ける。彼にとって人間環境は過酷であり、そこを生き抜く術として葉蔵は人々の気持ちを先読みし、道化を演じる事により『気に入られる』ように務める。それは彼の恐れと弱さを覆い隠し、人々の好意を得るためには十分であったが、人を欺き続ける罪悪感も同時に強く抱えることになる。成人した後も人間恐怖は心の中で肥大し続け、激しく彼を苛むものとなった。他者に対する恐れ、不信感、諦めは、葉蔵を優しく庇う女性達に対しても抱かれた。やがて全てに絶望した葉蔵は死を希求する。このような精神状態が続く中、アルコールと薬物への依存は悪化し、遂に彼の人格は荒廃した。しかし発狂の後、彼の心にやっと初めての凪が訪れる。
物語が進むにつれ、葉蔵が徐々にモラルから逸脱し人として堕落していくのは明らかだが、一つ一つのエピソードに於ける彼の行動は、人間の恐怖から自分を守ること、“阿鼻叫喚”の世界で何とか生き延びることが動機となっている。全ては生きるため。
本公演は問いに満ちている。葉蔵は過ちを犯したのではなく、ただ悲劇の中に投げ込まれ道化の仮面をかぶることでしか生きられなかったのではないだろうか?彼は本当に人間として失格だったのか?そして私達は果たして『人間合格』なのであろうか?

出演:おとがたり
   長浜奈津子(朗読)
   喜多直毅(ヴァイオリン)

日時:2019年11月16日(土)14:30開場/15:00開演
会場:アトリエ第Q藝術1Fホール(成城学園)
   東京都世田谷区成城2-38-16
   03-6874-7739

料金:予約¥3,500/当日¥4,000
ご予約・お問い合わせ:
   nappy_malena@yahoo.co.jp(長浜)violin@nkita.net(喜多)
※メールタイトルは「おとがたり予約」、メール本文に《代表者氏名》《人数》《連絡先電話番号》を 必ずご記入の上、お申し込み下さい。

【プロフィール】
おとがたり
女優・長浜奈津子とヴァイオリン奏者・喜多直毅は2013年に朗読と音楽によるコラボレーションで初共演。同年、長浜による一人芝居でも共演。(なつきの会公演「 ある晴れた夏の日 ‐エルフとホビット‐ 」辰澤敦史氏書下ろし作品@六本木ストライプハウススペース)その後、文芸作品の朗読にフォーカスし、首都圏を中心に意欲的に活動を行なっている。これまで市川文学ミュージアム『永井荷風展 ~荷風の見つめた女性たち~』や船橋市の文化事業、都内ライブハウス等で公演を行なっている。
物語の持つファンタジーを声や楽器の音を通して空間にありありと描き出すために、即興的に互いの間・抑揚・言葉に反応しながら進行するパフォーマンスは臨場感にあふれ、聴く人はまるで物語の中に居合わせるかのような印象を抱く。来場者はもとより、文学研究者からも高い評価を得ている。

長浜奈津子
桐朋学園演劇科卒業後、劇団俳優座へ。女優・歌手・朗読家として活動。ひとり語り『朗読空間』(於:六本木ストライプハウス)では永井荷風、坂口安吾、泉鏡花、小泉八雲他、文学作品を語る。市川市文学ミュージアム『荷風忌』では三味線語り、ヴァイオリニスト喜多直毅氏との朗読ユニット"おとがたり"では『濹東綺譚〜大江匡とお雪』上演。続いて2019年4月石川啄木作品を構成した作品「啄木といふ奴」へ出演。演劇では同年6月ロシア・ルーマニア海外公演『クスコ〜愛の叛乱』歌手とモナ役、9〜10月俳優座劇場プロデュース公演、音楽劇『人形の家』乳母ヘレーネ役で出演。

喜多直毅
国立音楽大学卒業後、英国にて作編曲を、アルゼンチンにてタンゴ奏法を学ぶ。現在は即興演奏やオリジナル楽曲を中心とした演奏活動を行っている。タンゴに即興演奏や現代音楽の要素を取り入れた“喜多直毅クアルテット”の音楽は、そのオリジナリティと精神性において高く評価されている。他に黒田京子、齋藤徹との演奏や邦楽・韓国伝統音楽奏者・現代舞踏家との共演も数多い。欧州での演奏も頻繁に行う。我が国に於いて最も先鋭的な活動を行うヴァイオリニストの一人である。

2019年11月2日土曜日

喜多直毅・田中信正・西嶋徹トリオの次回ライヴは12月22日(日)です。

喜多直毅(ヴァイオリン)田中信正(ピアノ)西嶋徹(コントラバス) 2019年10月30日@公園通りクラシックス
喜多直毅(ヴァイオリン)田中信正(ピアノ)西嶋徹(コントラバス)
2019年10月30日@公園通りクラシックス

田中信正さん(ピアノ)、西嶋徹さん(コントラバス)とのライヴ、楽しかったです!!!
もともと喜多+田中さん、喜多+西嶋さんという二つのデュオがあって、それぞれアルバムも作っていました。
この二つを統合してトリオとして演奏してみたいと思い、この活動を始めました。
三人の相性もなかなか良く、これまでの二回のライヴを通して手応えを感じました。
それと同時に「もっと行ける!!!」とも思っています。

今は印象として暗い曲が多く、それはそれで僕の好きな世界なのですが、瞬発力に優れた田中さんと西嶋さんとのアンサンブルですので何かそう言う曲もやっていけたらと思っています。
今回はブラジルの曲を二曲演奏しましたが本当に楽しかった。
三人の間で音楽が生まれ、発展を遂げて、そして惜しまれながら終わる…という過程にどっぷりと浸かることが出来ました。

ゆくゆくはオリジナルのみで構成したプログラムでライヴを行いたい。
喜多クアルテットとはまた別の世界が誕生するかも知れません。
もしかしたら似通った音楽かも知れませんが、この素晴らしい演奏家二人との共演はそれ自体が喜びであり、何ものにも勝るものです。
他でやっている音楽と地続きであろうがなかろうが、演奏そのものを楽しむことが出来ればそれが会場に溢れるのではないでしょうか?

このトリオの演奏、次回は12/22(日)に予定されています。
会場は雑司ヶ谷エルチョクロ。
なんとクリスマスライヴです!!!

これまで二年間連続して田中さんとエルチョクロでのクリスマスライヴをして来ましたが、今年は西嶋さんにも参加して頂き更に華やかにお届けしたいと思います。

第一部はいつものレパートリーから演奏します。
第二部はクリスマスにちなんだ曲をお届けします。
お客さんに歌って頂くコーナーもあり。
絶対に思い出に残るライヴになるに違いありません。
年末の忙しい時期かと思いますが、ぜひお誘い合わせの上お越しください!

出演:喜多直毅(ヴァイオリン)
   田中信正(ピアノ)
   西嶋徹(コントラバス)
第一部:暗く深い音楽選
第二部:クリスマスにちなんだ曲

日時:2019年12月22日(日)14:00開場 15:00開演
会場:雑司が谷TANGO BAR エル・チョクロ
   〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-2-8
   03-6912-5539

料金:ご予約¥4,000 当日¥4,500 学生¥2,000
予約・問合せ:エル・チョクロ
   03-6912-5539/info@el-choclo.com
   violin@nkita.net(喜多)

キャンドルの灯揺れる会場で共に聖夜を祝いましょう。
皆さんのお越しをお待ちしています!!!