2019年6月29日土曜日

齋藤徹さんのこと(前回の記事の続きです)

齋藤徹&喜多直毅 コントラバス・ヴァイオリン即興演奏リサイタル 『月日』 ~“月”と“日”のカウンターポイント~ Counterpoint of The Moon and The Sun
齋藤徹&喜多直毅
コントラバス・ヴァイオリン即興演奏リサイタル
『月日』 ~“月”と“日”のカウンターポイント~
Counterpoint of The Moon and The Sun

昨日のソノリウムでのリサイタルは徹さんと二人で行う予定でした。
録音もしてCDにしようと思っていました。
しかし徹さんは先月ガンで旅立ってしまいました。

この公演をキャンセルしてしまうことは簡単です。
ホールにキャンセル料を支払って『公演は中止になりました』と告知すればそれで済む。
まだご予約もそれほど頂いておりませんでしたので、お客様に直接中止の旨をご連絡差し上げれば良かった。

でもそれは違うと思いました。
中止したって徹さんは決して喜ばない。
寧ろ『何やってんの!』と天国で怒るのではないかと思いました。

徹さんと知り合って一緒に仕事をさせて頂いて10年。
色々なことを学ばせて頂きました。
多くの方々にご紹介いただきました。
良い演奏が出来なくて徹さんの顔を潰してしまったことも多々あり、それは今でも申し訳なく思っています。
しかし有難いことに何かと演奏の機会を与え続けてくれました。
本当に感謝しています。

齋藤徹/喜多直毅
2015年12月14日
滋賀県彦根市の中華料理店にて名物『あんかけチャンポン』を頂く。
本番前の腹ごしらえ。

徹さんは多くの若いミュージシャンを育てました。
演奏家だけではなく、ダンサー達にも大きな影響を与えました。
徹さんが若手に教えたかったこと、それは『自分の音楽を確かなものにして行きなさい』ということだと思います。
自分の道を自分で切り拓くことと言っても良い。
心に羅針盤はあるか?一人で海を往く勇気はあるか?ということ。

いつだったか僕は仕事が完全に無くなって食い詰めて、徹さんの家に行ったことがあるのです。
即興演奏やオリジナル作品のライヴばかりやっていたのですが、下手で人気がないからか、日頃の言動が良くなかったのか、誰からも仕事を頼まれなくなりお金が無くなってしまいました。
一日に500円くらいしか使えなくなりました。
でもたまに仕事がある時はちゃんとした服装でステージに立ちました(ヴァイオリニストが高級感とエレガンスを失ったら終わりですから!!!笑)。
当座の生活費のために、お世話になっている職人さんに作ってもらったヴァイオリンをご本人に買い取ってもらいました。
それでも食うに困り、チラシをポスティングするバイトも始めました。
『もう音楽家としてやっていく自信がない』『いくら頑張っても仕方がない』…、そんなことを徹さんに話したのです。

そうしたら『今音楽をやめたらダメだ』と言われました。
多分徹さんにもかつてお金で苦労した頃があったのかも知れません(単なる憶測)。
『今音楽をやめたらこれまで応援してくれた人たちをがっかりさせますよ』『私なら何としてもやり続けます』と言われました。
本当にそうだ、やめてはいけない。
自分はこれまで出来うる限りのことを全てやって来ただろうか?
落ち込んでばかりいて練習だって作曲だってしていなかったじゃないか。
お前は音楽家だろ!?何やってるんだ!

そして『全ては音楽が導いてくれるから大丈夫』と言ってくれました。
そうだと信じます。
しかし音楽に導いてもらうためには、自分に才能があろうとなかろうとまず音楽に捧げる生き方から始めたい。

あれから数年。
徹さんは亡くなりました。

昨日のリサイタルは徹さんへの追悼とせず、自分のオリジナル作品のみを弾く内容としました。
アンコールでは徹さんの曲を一曲弾かせて頂きましたが、基本的に僕が全てデザインした内容です。
内容はまだまだだったとは思いますが、でも本当にやって良かったと思っています。
徹さんが『一人でやりなさい』と言ってくれたような気さえするのです。

僕のパソコンの中には『齋藤徹』というフォルダがあり、この中にこれまでの徹さんとの仕事の資料が全て入っています。
楽譜のPDF、参考音源、動画、企画書。
徹さんの還暦祝いのパーティのあれこれ、還暦リサイタルの様々な書類。
これからもファイルが増えていくだろうと思っていました。
しかしもう増えることはないでしょう。

それは寂しいことですが、いつまでも残しておきたいと思っています。
バックアップもとってあるので安心です。

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